間層 借りは返す(前)《蛇字丸 友》
――私は“蛇字丸”という苗字が嫌いだった。
クソみたいな両親から継いだものなんて、気にいるはずがない。
私が世間の厳しさを思い知ったのは、中学の半ば頃だった。
なんてことの無い平日、私が部活を終えて家に帰ると、まだ電気が点いていなかった。普段ならパートに行ってる母親が下の子達を保育園まで迎えに行って先に帰ってるはずなのに。
異変を察知してすぐに両親の携帯と職場に電話をかけるも、繋がらない、今日は無断欠勤だと言われた。
理解できないままに、私は急いで下の双子を迎えに走った。
「あっ、ねぇね!」
「今日はねぇねがおむかえだ!」
楽しそうに笑う二人を、私は作り笑いを浮かべながら抱きしめた――。
その日から、両親が帰ることは無かった。残されたのは、莫大な借金と生まれ育った家だけ。不幸中の幸いは、家が亡くなった祖父母から継いだものでローン等が無かったことくらいだろう。
暗澹たる日々、終わりの無い苦難の道は続いた。二人も小学校へ進学したりしたが、生活が苦しいのに変わりはない。友人に相談することもなく、私はひとりで下の子たちを心配させまいと自分の力で堪えてきた。
そんな先の見えない道の途中、世界がおかしくなった。
スキルやらダンジョンができたのだ。
それは新たな希望の光だった。
複数のバイトだけでは限界がある。一か八か、稼ぎに行こうと思っていたところに数少ない友達の一人、兎渡香から連絡があった。
それは一緒にダンジョンへ潜ろうというものだった。
私は自分にあてがわれた理解できない文字列を噛み締め、その誘いに乗ることにしたのだった。
【聖女の旗】
【聖域】――【攻勢聖域】【守勢聖域】【回天聖域】
◇
探索業は順調。平日も普通のバイトは入れているものの、やはり命を危険に晒す探索業よりは安いので、平日に潜る環境さえ整えられれば深夜にでも潜ろうと考えている。
週末だけとはいえ、この調子で探索に本腰を入れられたら、数年以内には借金もひとまずなんとかなるラインだと思う。ポーションとかいう金の成る木も発見されたことだし、目指すは10層といったところだろう。
もうひと踏ん張りすれば、あの子たちを休日に預けることなく、一緒に遊びに行ける日だって訪れるかもしれない。
――そんな思いでやってきたある日、放課後の教室で家から着信が入った。
『ねぇね! さっき怖い人たちが来て紙を置いてった!』
取り立ての連中が来たらしい。毎月支払いは滞りなく行っていたはず。理由は不明だが、二人に何かされたんじゃないかと不安になってすぐに帰ることにした。
「――ごめん、先帰る」
「? うん、また明日!」
「……何かお手伝いできることはありませんか?」
たぶん雪奈はこっちの事情を知っている。それでも、私から言わない限り何かするつもりもないのだろう。冷たく映るかもしれないが、私にとってはありがたいことだ。
両親どもの残したツケを、他所様に拭ってもらうほど恥知らずじゃない。私はアイツらとは違う。自分で何とかしてみせる。
「大丈夫」
それだけ言って帰路を走る。
靴履き替え忘れたが、そんなことより弟妹が最優先。ダンジョン内でもやらないくらい全力で走る。――そんな私についてくる足音があった。
何度突き放してもダル絡みを止めない同級生だった。
「蛇字丸さーん!! くつー!」
「八百枝!? 今はそれどころじゃないからどっか行け!」
「だが断る!」
「なんなんだお前は!」
本当になんなんだこいつは。
ダンジョンで出くわすまでは何を考えてるか分からない物静かなヤツと思っていたが、面と向かって話してみると完全に変なヤツだった。苗字がかっこいいとかいうふざけた理由でやけに絡んでくる八百枝は、私の靴を持ったまま追走する形でついてきている。
何か喚いているが、今の私に構っていられる余裕は無い。
家に到着してすぐに二人の安否を確認。何かされた様子はなかった。特段泣いたりしている様子もなかったが、やはり不安にさせてしまったのはそうらしかったので安心させるためにもギュッと抱き寄せる。
「ごめんな、ねぇねが何とかするから」
「ねぇね……」
「むりしないでね?」
私には兎渡香のような派手なバンチも、雪奈のような高火力の攻撃手段もない。【聖女の旗】だの【聖域】だの、特殊ではあるもののサポートしかできない無能だ。そのサポートが強いとも仲間には持ち上げられるが、私にとってはもっと直接的な殺傷力があった方が嬉しかった。
机に置いてある、パッと見でふっかけてきたと分かる書面を確認しつつ、現状打破の方法を練る。
手段は三つ。
弁護士やら法テラスやらを活用して裁判で戦う――これはナシ、そんな生活の余裕は無い。できたとしても、アイツらはのうのうと他の人にも同じことをするだろう。それは我慢ならない。
そして、ダンジョンに本気的に潜って全額返済――これもナシ。調子づかせるだけ。
最後の選択肢は早期決着。武力で黙らせる方法――私一人でできるだろうか?
相手の実態は反社、武器を持ち出してくる可能性が高い。その上殴り込みみたいなことに正当性があるとは言い難い。どうあっても、二人を残していくわけにはいかない。
「あ、これ暴利ってやつか!」
空気を読まない声が耳に入った。まさか本当にずっとついてくるとは。
「……そうだ、うちの両親は借金とこの家を残して蒸発して――ガキしか居ないのをいいことに、こっちは認めてないってのにその金額にふっかけてきたんだよ」
そう説明しながら私は立ち上がる。
「……ねぇね、このお兄さんは?」
「こわいひとー?」
不安げに八百枝を窺っている。言動が怖い人なのは間違いない。そして私とこいつの関係はなんなのだろう。下手に心配させるのもよくないので適当な落とし所でいいか。
「こいつは……友達、みたいたモンだよ。大丈夫」
「!! どうも、親友の八百枝南です! みなみお兄ちゃんって呼んでね!」
「おいこら」
「ミナミ兄ちゃん! ぼくゆうと!」
「ミナミにぃに! わたしえり!」
心配させないためとはいえ変に屈辱感を味わった。あとで二人が居ないところで本当は友達なんて思ってないとアピールすべきか。
――今はいいか。まずは眼前のお金の問題を何とかしなければいけない。
戦闘系のスキルは無いが、それでもダンジョンでそれなりの場数は踏んでいる。半グレくらい、何とかしてみせる。
「……八百枝、ちょっと二人と遊んでてくれるか?」
「お、いいけど喧嘩でもしに行くの?」
変に察しが良い。
「最近嫌がらせがエスカレートしてきてるんだ。ここで何とかしないと――」
「喧嘩とかしたことある? 俺が行くけど」
「なっ、無いけど、お前は無関係だし――」
「友達っていたのはそっちでしょ。ここは俺に任せておけ。こう見えてこの世のあらゆる悪を成敗するのが趣味なんだよ」
理解できない。普通じゃない。目の前のバカにメリットなんて無いはずだ。人間誰しもが“利”で動く。それを損なうなら逃げ出すなり関わらないなり距離を置くのが人間というものだ。
その、はずだ。
「ミナミ兄ちゃんドミナスブラックなの!?」
「ドミナスブラックって?」
「えーとね! 最初は悪者で出てくるんだけど、ほんとは悪い人を倒すヒーローなんだけどね、やり方がきょくたん? で、最近仲間になったんだ!」
「これ!」
「ふっふっふっ……少し借りるよ。とう!」
お面をつけて珍妙なポーズを決めている。こいつに緊張感という言葉は無いのだろうか。
「何を見せられたんだ……?」
「だんしってバカねー」
「頑張れー! ドミナスブラック!!」
「ふっ、任せておけ、ゆうとくん。君たちを怖がらせるヤツらはこのドミナスブラックが成敗してみせよう」
「八百枝、本当にそれでやるつもりか?」
どう見てもふざけているようにしか見えず、任せていいのか、他人であるこいつに暴力を使わせるのはズルいのではないかと思ってしまう。
「その書類だけ借りる。ドミナスブラックは改心したからな、論理的に戦って平和的に解決してみせよう」
「……」
なんの義務もないのに、私には責任だってとれないのに目の前のバカは臆することなく行ってしまった、
我ながら卑怯だ。自分でなんとかすると決めていたはずなのに、いざ誰かがやってくれるとなると甘えてしまう自分が。真っ直ぐに突き進むことしかしない目の前の同い年の、眩いほどの嵐を前に私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
社会人になり、満員電車の中書いているので誤字多いナリ。教えてくれメンス




