0層 平常運転で
「――では最後に、ダンジョンに挑むと決めたきっかけ、モチベーションを教えてください」
ビルの一角、初老の男性と一対一の面接室。
ダンジョンに入るための試験を超え、最終試験の面接にまで漕ぎ着けた俺は、現状を噛み締める。
――ダンジョン。
それは突如現代の地球に出現したファンタジーの倉庫。それを機に、人類は“スキル”という特殊な力を手に入れた。
かく言う俺――八百枝 南も例に漏れず。思春期真っ盛りの高校二年生にとっては呪いとも言えるそれを手に入れた。
このスキルをどうにかするために、俺は……!
「はい。すべては男としての矜恃です」
「……! なるほど、今の若者にもそのような心持ちの方がいるとは。ええ、もう語らずとも分かります。その漢気をどうかこれからもお忘れないように」
戦地に赴く日本男児だとでも思われたのだろう。全くもって見当違いもいいところなのだが、余計なことは言わないいい子なのでお口はチャックしておく。
面接のテンプレート通りに退室し、帰路の電車の中で命懸けの探索業に挑むことになった忌まわしきあの日を思い出した。
§§§§
高校二年の夏休みから少し経ったちょうどいい塩梅の季節。
日曜で優雅にゲームをしていた時に、俺はふと違和感に襲われた。昨日から徹夜で新発売のゲームをやっていたのだが、土曜0時から日曜の15時――つまり今の今まで一歩も動いていないのだ。
「世界を救ったはいいものの、もう……39時間!? あれ、トイレ行ってないよな!? 糞尿垂れ流しはマズイ! 一人暮らしとはいえ人としての尊厳が……あれ?」
漏れていない。
というか今更だがおかしい。お腹も減っていないのだ。ついでに言うと眠気も。
ゲームしてる間に死んだのかと思って頬をつねるも普通に痛い。
「痛覚のあるタイプの夢オア死後の世界……?」
夢オチかホラー展開かを確かめるべく、一旦乾いてない喉を水道水で潤わせてスマホを取りだした。
検索アプリで「最近 ニュース」と打ち込むと、何やら気になる単語が目に入った。
“ダンジョン”、“スキル”。
「ふーん」
何やら世界の五箇所に地下へ続く階段がいきなり出現して、中にスライムやらゴブリンと思しき存在が跋扈しているらしい。
そしてそれに関係してか人類全体にファンタジーなパゥワ(ネイティブ)が与えられたのだとか。
目を瞑って無心になると自分のスキルの名前が浮かび上がってくるらしい。
「どれどれ……」
【平常運転】
「うん?」
普通こういうのは、なんたら魔法だの暗黒とか疾風とか、そういうファンタジーで男心をくすぐるような文字列がくるはずだ。
きっと見間違いだろう。
目をつぶっているけど見間違いだ。心の目で見間違えたんだきっと。
【平常運転】
「ぶっ殺すぞ」
おっと危ない危ない。
内なる破壊衝動がエレガントな高校生の皮を突き破りそうだった。
それにしても【平常運転】ね。うんうん。
…………わかった。きっと平常運転さんのことだ。偉人を憑霊させるタイプの力だそうに違いない異論は認めん!
「もういい! 〇コッて寝る! ……流石に昨日ぶりだから風呂は入るけど!」
しかし順番は「シ〇→風呂→就寝」にしておこう。流石俺、かしこい。
食欲とかうんことか、細かいことは一旦忘れて溢れんばかりの煩悩のまま、ベッドにダイブ。
そのままムラムラしてきたので――
「?」
――ふにふに。
「???」
――こすこす、ふにゃあ。
「????????」
ふと嫌なことを考えてしまった。
【平常運転】の“平常”について。定義でいえば取り留めもない平穏な時のことを指すだろう。俺にとっての普通の状態だ。
つまり、ひとつの仮説ができる。いや、結果から見た逆説的な話だろうか。
取り留めのない時にお腹は減っていない。ただ、手元に何かあれば食べれるし飲めもする。
取り留めのない時に尿意や便意も来ていない。来ていないならこちらは出るものも出せない。
取り留めのない時には眠くない。ただ、ゲーマーなので昼夜逆転することもままあって、調整するために寝ようと思えば眠れる。
そして取り留めのない時には――ムラムラすることもあるだろうがボケ!! こちとら思春期男子ぞ!?
でも、常日頃からマイソンが臨戦態勢かと言われればそうではない。むしろそういう時間はある種特別な時間だろう。
「落ち着け俺。現状をまとめると、食欲、睡眠欲、尿意、便意あたりは日常において危険な状態で平穏ではない、だからそれらの義務から解放された――」
ハッスルフィーバータイムは諦めて風呂へ向かう。
「そして俺は思春期なので叡智なことを考えたり興奮したりするのも“平常”判定、ただし我がエクスカリバーが臨戦態勢になるのはダメ、と」
俺は誓った。かの無知蒙昧にしてうんたらかんたらな神をぶち殺すと。
「ぬああああぁぁ……! ――うん、ガチギレもできなくなってらぁ」
普段から情緒が豊かだったからよかったが、最悪感情すら失っていたかもしれない。
そのまま眠くもないのにふて寝した俺は、神への復讐心を微かに持ったまま学校へ向かった。
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ではでは「「ゆっくりしていってね!!!」」(饅頭並感)




