共に暮らした日々
婚約後の十年間、俺たちは穏やかに、しかし淡々と共に暮らしていた。
愛という華やかな感情はほとんどなく、代わりにお互いの存在を許容する静かな安心感があった。
朝はそれぞれのリズムで起き、朝食を取り、互いに声をかけることもなく身支度を整える。
昼間は仕事や家事で別々の時間を過ごす。
帰宅すれば、居間で軽く会釈し、台所ではそれぞれが手分けして食事を用意する。
会話は必要最低限で、笑い合うことも稀だった。
だが、不自然ではなかった。互いの存在がすでに日常の一部になっていたからだ。
休日には、スーパーや市場に一緒に出かけることもあった。
手をつなぐことはなく、並んで歩く距離を保ち、必要なものだけをカゴに入れる。
買い物の間も言葉は少なく、沈黙が心地よい音として空間を満たしていた。
その静けさの中に、微かに温かさが混じることもある。
それが、俺たちにとっての「共生」だった。
夜、布団に入ると肩は触れ合わず、言葉も交わさず、ただ同じ空間にいる。
目を閉じれば、互いの存在を感じることができた。
愛情や激情はなくても、互いにそばにいることの安心があった。
その静かな共生こそが、十年間の生活の根幹だった。
時折、俺はふと考える。
愛がないのに、なぜここまで続いたのか、と。
答えは単純だ。別れる理由がなかったから。
互いに傷つけ合うことも、求め合うこともせず、ただ日常を重ねる。
それだけで、十分だった。
そして、十年後のあの雨の日。
葬式の帰り道、窓に映る自分の顔を見ながら、改めて思う。
愛がなくても、共に生きることはできる。
それが俺たちにとっての、確かな日常だったのだ、と。
"""




