王太子が私のことを好きすぎて婚約破棄してくれません!
百四十二回目の世界の終焉を、私は見届けた。
赤黒い空、燃え落ちる王都、崩壊していく大地。
膝をつく私の横で、王太子アルヴィスが息絶えていた。
その顔は――それでも、微笑んでいた。
「……これで、百四十三回目」
私はタイムリープの力を使い、過去へと戻る。
世界が滅びないように、ただ一つの”特異点”を回避するために。
それは――
「婚約破棄」
アルヴィスと私の婚約が、どうあっても世界の崩壊を引き起こす。
ならば、婚約なんてさっさと終わらせてしまえばいい。
……そう、終わらせるだけの、はずなのに。
「君の黒いドレス……今日も最高に悪役っぽくて素敵だよ、リリアナ」
ああ、またか。
百四十三回目も、彼は相変わらずすっとぼけた笑顔で私を愛してくる。
「だからお願い、婚約破棄してくれない?」
「断るよ。むしろ今夜あたり、プロポーズし直したいくらいだ」
……この男、一体どうすれば婚約破棄してくれるのよ!!!
***
名をリリアナ=グランゼル。
名門貴族の令嬢で、いわゆる“悪役令嬢”の立場である。
王太子アルヴィスとは幼い頃に政略で婚約。
だが、私には――未来を知る力、タイムリープの加護がある。
きっかけは偶然だった。
世界が何度も終わるのを見て、私は悟った。
【王太子との婚約が、世界崩壊の引き金】だと。
理由は不明。
だが、何度も確かめた。別の誰かと婚約すれば、世界は崩壊しない。
だから私は、彼に嫌われなければならない。
婚約破棄をしてもらうために――!
「さて……百四十三回目の破棄作戦、開始よ!」
⸻
作戦その①:極悪悪役令嬢作戦
私は舞踏会で、アルヴィスの前に現れた令嬢のドレスを踏みつけた。
「まぁ……下品な装いね。まるで田舎の豚」
「き、貴女……!」
「アルヴィス様、この令嬢は下賤の血を引いています。王族と話すなど身の程知らず!」
周囲がどよめく中、私は振り向いた。
さぁ、どうだアルヴィス!
だが――
「……可愛い嫉妬だ。やきもちを焼いてくれるなんて嬉しいよ、リリアナ」
「……は?」
「今のセリフ、最高だった。あんなに美しく悪辣な物言い、僕には絶対にできない。愛してる」
「違う、これは嫉妬じゃなくて侮辱で、侮蔑で、つまりは嫌ってるって意味で――」
「嬉しすぎて、泣きそうだ」
もうだめだこの男。
どうやったら嫌われるの。
⸻
作戦その②:浮気現場演出作戦
今回は別の男と密会しているところを見せつける。
「ねぇ、私たち、こっそり抜け出しましょう?」
「リリアナ様……なんて大胆なお誘い……!」
「いいわ、見せつけてやるの。あのすっとぼけ王太子に」
だが――
「……まさか、嫉妬させようとしてるのかい?」
「えっ」
「ふふ、愛が深いね。まさか、そこまで演出するなんて。浮気の芝居で僕の心を試すなんて……好きすぎる!」
「本気なの! 浮気なの! 芝居じゃないの! 私はあなたに嫌われたいのよ!」
「でも無理だよ。僕は君の全てを愛してる」
世界、終われもう。
⸻
作戦その③:暗殺未遂作戦
アルヴィスの寝室に忍び込み、剣を突き立てようとした。
「死んでくれれば婚約も消える……これで……」
「……リリアナ?」
目が覚めた彼は、剣先を見ても笑った。
「君の寝間着姿、かわいいね」
「ちがう、これは暗殺、未遂……つまり私の本気……!」
「殺されてもいい。君が泣くくらいなら、命くらいくれてやる」
「世界が滅びるのに、それでも私と婚約したいって言うの……?」
「……うん。滅んでも、また会えるだろ?」
その一言が、心の奥に焼きついた。
「また会って……何度も君と恋をするんだ」
その目には確かに覚悟があった。
まさか――彼も……?
⸻
百四十四回目の世界で、私は問いただした。
「あなた、記憶を持っているのね」
アルヴィスは苦笑した。
「半端な断片だけどね。君と何度も恋をして、何度も死んで、何度も世界が滅びて――でも君の笑顔だけは、何度でも守りたかった」
彼もまた、私と同じ痛みを背負っていたのだ。
「……馬鹿じゃないの。どうして言ってくれなかったのよ」
「だって、君は僕から離れようとしてばかりだったから」
涙が止まらなかった。
この男は、本当に私のことを――どんな結末よりも、誰よりも、何よりも――愛してくれていた。
⸻
百四十五回目の世界。
私は自ら王宮を去り、婚約を白紙に戻した。
「これで、終わり……よ」
そう呟いた私の背中に、優しい声が届く。
「リリアナ=グランゼル。貴女に、改めてプロポーズする」
振り返ると、王太子ではなく――一人の青年だった。
けれどその瞳は、アルヴィスのものと同じ光を宿していた。
「何度でも、貴女を愛したい。だから、婚約じゃなく――恋から始めよう」
……世界は、崩壊しなかった。
それは、きっと。
運命をやり直すためじゃなく、共に生きるために選び直した愛だったから。