最後の晩餐 ②
ーー人々がまた談笑モードに戻ったところで、ずっと聞いてみたかった疑問を王にぶつける。
「ジムリ・リム陛下。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんやノアノア」
「ノアノア…………!」
どこまでも気さくなジムリ・リムに、一瞬たじろぐ。
陽気でおおらかで、威厳のある王。実際に話してみて、この人がバビルを裏切ったとはとても思えなくなっていた。だからこそ聞きたかった。
「なぜ……なぜバビルとの同盟を一方的に破棄し、エシュヌンナと組んだのですか」
不敬と怒られるかとも思ったが、王はじっと、まっすぐ目を向け、答えてくれた。
「……バランスが崩れた。『二つの川の間の地』はマリとエシュヌンナ、バビルとラルサ、この4国が対等な力関係でいることで、対エラム戦争後、大きな争いがなかった。
だがバビルがラルサを落とした。エシュヌンナまで攻略されたら、バビルは圧倒的な存在になってしまう。マリも攻め込まれるだろう。そうなる前にバビルを叩きたかった。……だが、実際そうなってしまったし、さらに最終兵器の登場ときてしまった訳や」
「俺はバビルを裏切るのは反対でしたけど。タイミング間違っとりません?」
ヤリムが私の肩に顎を乗せながらブツクサ言う。カカリチョーを教えてもらえず不貞腐れているらしいが、そんなこと王に言っちゃって大丈夫なのか。
「お前はバビルに情が湧きすぎなんだよ」
意外ッ!王は特に気にしていなかった。
2人はとても仲が良さそうだ。
――それもそうか。外交官は王の言葉を、他国の王に伝える仕事だ。いわば王の代理人。信頼できる人しか選ばれない。ヤリムはジムリ・リムに相当信頼されているのだろう。
「……なるほど、お考えはわかりました。では陛下、もうひとつ教えてください。バビルのディタナ王子の殺害を命じたのは……」
ジムリ・リムは眉をひそめ、銀髪の髪をふわりとかきあげた。
「俺じゃない。それに関しては、申し訳ないが、調べても誰が指示したのかわからなかった。……ディタナ君には申し訳ないことをした。異国の王子を受け入れ、その安全を保障することは外交上当然のこと。マリの王子も一時期バビルの王宮にいた。王子にとっては異国の勉強をする機会になるし、受け入れる側にとっても情を植え付けられるからな。
……だから、誓ってディタナ君を殺すよう命じたのは俺ではない。ある日勝手にディタナ君の丸焦げ死体が届けられたんや。中年の男が持ってきて、ご用命の遺体ですと、言ってきた」
そう話すジムリ・リムは、とても嘘をついているようには思えなかった。
ディタナ王子を殺すなんて、やっぱりマリにはメリットがない。
それに……運び屋の営業所はシッパルにあると、おじさんは言っていた。マリの人が簡単に行ける場所ではない。
ならば、誰が王子の殺害を運び屋おじさん達に依頼した?
「犯人、ウル・シンやないです?」
肩に顎を乗せたまま、ヤリムが言う。
「開戦の契機にウルさんが仕組んだのかと。 ディタナ王子がマリに殺されたことにすれば、ウルさんはマリを攻める格好の大義を得られます。それに第2王子のイルナ君を即位させるためには、第1王子の存在が邪魔や。いずれ消さなあかん」
「なるほどなぁ。……どうやノアノア、ヤリムの推理は」
ーー確かに、ウルさんならシッパルにある運び屋おじさんの営業に行くことは容易い。
「……そう、ですね。もっともらしく思われます」
「せやろ!西の名探偵ヤリム君や!」
間近で嬉しそうに笑うヤリム氏。この人は相変わらずよく掴めないが、頭がキレるのはよくわかった。
――それにしても。ウルさんは自己の目的の実現のために、どこまでも手を汚せる人間らしい。
そうだ。ウルさんは「マリに協力者がいると」言っていた。ジムリ・リムはそのことを知っているのだろうか。
「陛下、もうひとつ、お伝えしたいことがあります」
「なんや?」
「おそばによってもいいでしょうか?」
「もちろんや」
立ち上がり、ジムリ・リムのそばに近づく。
その隣に座ると、ふわりといい香りがした。
銀色の髪からのぞくその耳元で、小声で耳打ちする。
「おそらく、マリの有力者の中に、バビルのウルさんと繋がっている人がいます」
「なんだと?」
ジムリ・リムが驚き振り返る。
「陛下、思い当たる方はいますか?」
黙り込んだジムリ・リムを見ていたらーー
突然、ヤリムが後ろから耳を噛んできた。
「痛っ!!なに!?」
「ダメでしょノアノア、他の男とコソコソ話なんてせんといてください」
「いや、他の男って……」
振り返ったら、ヤリムは唇を尖らせ拗ねていた。すごく拗ねていた。
……これもフリ?!何のためのフリなのか?!
「俺、束縛強めやから。お仕置きされたいん?」
「知らんがな……」
拗ね拗ねヤリムに詰め寄られていると、どこか呆れ顔のジムリ・リムが、ポンと頭に手を乗せてきた。
「……ノアノアは勇敢だな。敵国の中にいても堂々としている」
「そうでしょう。ノアノアはすごいんですよ。この人ほんと無茶苦茶で目が離せません。誰かのために冬の川に飛び込んだり、バビルでは捕えたラルサの王女を勝手に逃がそうとしたりしてました」
「わーお」
「え?!なんで知ってるの?!」
ヤリムがニヤリと口角を上げる。
「アーシャと2人でこそこそしとったから……なにかと思ってつけました。そんでこっそり隠れて、3人のお話聞いとりました」
ヤリムは楽しそうに答えるが、あの時の会話って……
「…………ねぇ、私たちの会話……どこまで聞いてた?」
あの時は……ラルサのシェリダ王女から、ラルサで私が召喚されたのは実は「死者蘇生の儀礼」が失敗したためだったと、聞いたのだが……
ヤリムの、貼り付けられたような笑みが怖い。
「ノア様、俺が『冥界から蘇ったギルガメシュX』なんてバカみたいな話、なんであっさり信じたんだと思います?」
「…………!」
やっぱり、ヤリムは死者蘇生の儀礼のこと、知っていたのか!
となると、ヒートでの神明裁判ーー川に飛び込み生きれば無罪、死ねば有罪とする無茶苦茶な裁判ーーとかも、私が「ただの死者蘇生儀礼失敗巻き込まれ人間」だとわかっていてやっていた?!
「〜〜こんにゃろぅ……!」
「あはは。怒っとるノアノアも可愛いなぁ」
毛を逆立てた猫を宥めるように、ヤリムは頭をヨシヨシ撫でてくる。
「でもなぁ、俺、ノアノアの秘密、誰にも言わんで黙っとったよ。偉いやろ?」
「〜〜〜!」
「!……たしかに……それは、ありがとう……?」
「どーいたしまして」
ヤリムがニコニコ、擦り寄ってくる。
「なんや、2人ほんまに仲良しやなぁ。……そうや、せっかくノアノアが教えてくれたんや。確認せなあかんな」
私たちを眺めていたジムリ・リムが真顔になり、スクッと立ち上がる。誰もが王を見て、口を閉じた。
「皆……聞いてくれ」
静まる部屋の中を見回し、王は再び口を開く。
「この中に……裏切りものがいる」




