最後の晩餐 ①
急きょ王宮の広間で始まった、宴会兼尋問会。
緊張でイマイチ味の分からないお食事をいただきながら、ヤリムに話したことをひと通り、ジムリ・リムに話した。
ジムリ・リムは深く頷き、神妙な顔で聞いてくる。
「……その……人型最終兵器・ギルガメシュXに弱点はないんか?」
「見た限りはなさそうです」
「それは困ったな。奴らはそれをどのように使うつもりなんだ? いきなり街にぶち込むつもりなんか?」
「具体的な使い方までは……すみません」
「そうか。なら別の質問や。ハンムラビはその…………ついていないのか? だから養子をとったのか?」
「……ノーコメントです」
「まさかそんなわけないよなぁ。寝所ではどうなんや? 恐ろしい威力なのか?」
「ノーコメントです!」
「おぉっと、王の兵器は国家機密か! 残念やな!」
ジムリ・リムがガッハッハと豪快に笑う。周りも笑う。普通にセクハラ案件だが、不思議と嫌な気分にはならない。イケメンだからだろうか。
隣に座っていたヤリムは、なぜか頬を膨らませムッとする。
「陛下、ノア様はもう俺の妻になるんですよ? 冗談でもそんなこと言わんといてください」
ジムリ・リムが目を丸くする。
私も一緒に丸くする。
「なんだヤリム、結婚はフリじゃないんか?」
「フリじゃないですよ。本気です。俺たち新婚なんです。なぁ、ノアノアぁ」
「ノアノア……??」
突然の馴れ馴れしさに混乱する。これも作戦なのか、それとも単なる悪ノリなのか。
とりあえず無表情を決め込んだ私に、ヤリムは横から抱きついてくる。おい。私の許可がなければ触らないって神に誓ったのどうした。
じっとり睨んだら、「照れた顔もかわいいなぁ」と余計にがっつり抱き込まれた。軽く頭突きしてやった。
「……まぁ、ノア殿が同意の上ならいいけどよ。あれ、いいのか……? まぁいいや、それでヤリム、ハンムラビの次の動きは?」
ワインを片手に問いかける王に、ヤリムは抱きつきながらサラッと答える。
「そろそろラビさんもこっちに来るんじゃないですか。ラルサ、エシュヌンナを撃破して攻めに来ないわけがありません。『二つの川の間の地』で、残る勢力はマリとバビル。一騎打ちですもん。勝った方が世界の覇者です。問題はいつ来るかですなぁ」
ヤリムの言葉に、皿上のパンを掴もうとしていた手が、ピクリと動きを止めてしまった。
陛下が――こっちに来る?
マリを攻めにくるーー?
止まっていた手の甲にヤリムの手が重ねられ、そのままパンまで誘導された。
ジムリ・リムは、ワインの入ったカップをゆっくり回す。
「今、ラピクムにイルナ王子の軍とギルガメシュX。ハンムラビ本軍はエシュヌンナ。……エシュヌンナにいるダガン王はどう動く?」
「ダガンさんはラビさんについてくるでしょうなぁ。エカラトゥムにはまだエシュヌンナの残党とウチの軍がいますから、ダガンさんの軍だけでは倒せません。ここでラビさんに恩を売って、王に任命してもらうおつもりなんじゃないですか」
言い終えると、ヤリムは私の手にパンを掴ませ、そのまま自分の口まで運ばせた。
自分で食え。
一方、ジムリ・リムは重々しく頷いた。
「つまり俺たちは、最悪、ギルガメシュX擁するイルナ王子軍と、ハンムラビ・ダガン連合に挟み撃ちにされる、と」
「そうなりますなぁ」
賑やかな場に、静かな緊張が走る。
「ただ、イルナ王子……というよりその実父、ウル・シンが勝手に動いとって、ラビさんとは連携しとりません。それをラビさんがどう見るか。下手したら謀反モノですが……」
ヤリムはパンをもぐもぐしながら続ける。
「……そのためのギルガメシュXなんでしょうなぁ。ラビさんに文句を言わせないくらい、徹底的にマリを蹂躙するつもりなんでしょう」
王はしばし沈黙し、ワインをあおった。
私は黙って聞きながら、心の中で整理していた。
現状をよく把握していなかったが……
すでにバビルとマリは最終バトルの局面まできていたのだ。そこにウルさんが核爆弾をぶっ込んできた感じか。
たぶん、バビルはギルガメシュXがなくてもマリに勝てる。バビル王妃予定者としては、それでいいような気がするけれど……
それでもどうしても、ウルさんの暴走を止めたい。アレが街に投入される未来を避けたい。
アレは、人間が手にしてはいけないものだ。
アレを使わせるわけにはいかない。どんな理由があっても。アレは人間が使っちゃいけないものだ。人間が生み出す……いや、蘇らせてはいけないものだ。
それは断言できる。
「陛下」
近くにいた高官らしき男が、ジムリ・リムに声をかけた。
「なんや?」
顔を赤らめたその男は、やたら上機嫌に話し出す。
「ダガンがこちらに来るとなると、ぜひともあの手紙を読んで差し上げたいですなぁ」
「あぁ、確かになぁ!」
ジムリ・リムがニヤリと笑う。
「あの手紙?」
思わず呟くと、ヤリムがひそひそ教えてくれた。
「ダガンさんの弟で、一時期マリの王やっとったヤスマフってのがおるんやけど……それがまぁダメな男でなぁ、腕は立ったらしいけど、それだけや。酒と女が大好きなうつけ者だったらしい。それで父親のサムシ・アッドゥをしょっちゅう怒らせてたみたいなんや。
それで、ボスがマリを奪還して文書庫整理しとったら、サムシ・アッドゥからヤスマフ宛に送られてきた手紙が残ってたんやけど……」
そこでジムリ・リムが声をあげた。
「その手紙が世紀の傑作でな。……おい誰か、《《いつものアレ》》、やってみろよ」
王の声に、酒で顔を真っ赤にした1人の男が立ち上がる。
「え〜〜それではわたくしが!」
なんだなんだ。なにが始まるんだ。
酔っ払い男は、ひとり舞台でもするかのように身振り手振りを交え、大げさに声を張り上げだした。
『ヤスマフ!お前は何だ、いつまでガキのままでいるつもりだ!?いい加減にしろ!情けなさすぎて話にならん!王の務めも果たせず、何をのうのうとしてる!お前の兄は血と汗と命を懸けて戦場を駆け抜けているというのに、お前はなんだ!なんだその体たらくは!お前は私の恥だ!いい加減、目を覚ませ!』
そう言い終えた男がビシッ!と虚空を指さすと、会場はドッと笑いに包まれた。
ジムリ・リムも、いいぞいいぞと笑いながら膝を叩く。
――何かと思ったが……
パパから、ダメ息子に宛てて送られた、お叱りの手紙の再現か。
いまいち笑いどころがわからずにいたが、相変わらず抱きついているヤリムも笑っていなかった。
この爆笑の渦の中でもひとり顔を変えることなく、ヤリムはボソッとつぶやいた。
「優秀な兄がいて比較されるのも、かわいそうな気はするけどなぁ」
「…………」
――前にムトが言ってたっけ。
かつて「二つの川の間の地」に巨大な王国を築いた「偉大なる大王」サムシ・アッドゥは、支配した重要な都市の王に自分の子をつけた。
東のエカラトゥムには長男・係長王ダガンさんを、西のマリには次男のヤスマフさんを。でも大王が死ぬと、2人は王位を奪われたーーと。
手紙から察するに、どうやら偉大なるパパは、兄をたいそう気に入り、弟には厳しく当たっていたようだ。
弟のヤスマフさんは王様向きの人ではなかったのかもしれない。結局ジムリ・リムに王座奪還されてるし、殺されたって言ってたし。王の器ではなかったのだろう。
ーーヤスマフさん……係長王の弟さん。
「……ヤリム、ちなみにヤスマフさんってどんな顔だったの? ダガンさんに似てた?」
「ヤスマフ? そやなぁ、顔はダガン王を情けなくしたような感じやな」
「そうか。情けない係長ってことか……」
「……カカリチョー? ノアノア、だあれそれ」
「いいの、こっちの話」
……情けない係長。あんまり想像できないな。
「カカリチョーって男?」「なぁそれ男の名前なん?」ーーしつこく聞いてくるヤリムを流していたら、演劇を終えた男が王に向かい、うやうやしくお辞儀した。
「うつけ者が王位につくなど、まったく哀れな話です。陛下……神に愛されしジムリ・リム様、陛下こそマリの真の王。どうかこの先も我々マリの民をお導きください」
ジムリ・リムは杯を掲げ、王らしく、威厳のある顔で頷いた。




