ローズマリーの香る庭 ②
私の蔑みを全然気にせず、ヤリムは「おてて触ってええ?」と聞く。頷くと彼は私の手を取り、「おめかしの仕上げや」と言って指輪を薬指にはめてきた。
青色の石がついた、とっても綺麗な金の指輪。石はラピスラズリかな。この世界の高級な宝石といえば、金とラピスラズリ。この指輪は随分高そうだ。
「よかった、サイズぴったりや。……そういやさぁ、ノア様がここにいることって、ラビさんはきっと知らないんやろ?」
「うん。色々考えてこっちきた」
「ふぅん。ノア様はラビさんより、俺のことを頼ってくれたっつーわけやな。ええなぁ、ゾクゾクする」
「そういうわけじゃないから!」
ヤリムは嬉しそうにケラケラ笑う。
「ラビさん怒るやろうなぁ。ノア様が他の男を頼りにして、こんな危ない橋渡っとるなんて知ったらなぁ」
「だから違うって!総合的に判断した結果だから!」
ヤリムは私の言葉をそうかそうかと聞き流し、青い指輪にキスを落とす。そして長い前髪の向こうから、黒い瞳でじっと見つめてきた。
「ノア様。確認やけど、ノア様はその兵器をマリに使って欲しくないんやね」
「……うん。マリにもどこにも、使わせたくない」
「それがあまりに恐ろしいものだから」
「うん」
「それを使おうとしてるのは誰? ラビさんではないんやろ?」
「…………」
一応、私たちの立場は敵国の人間同士だ。バビルの内部事情、どこまでなら喋って大丈夫だろうか。今更不安になってきた。
「ノア様、俺を信じて。……この指輪、俺のお袋の形見なんや。お袋に誓って、悪いようにはせぇへんよ」
その目は嘘をついているようには見えなかった。
「…………ウル・シン。イルナ王子の実の父親」
絞り出した声に、ヤリムは頷いた。
「なるほどね。きっとラビさんはその兵器のことも知らんのやろ?」
「たぶん」
「つまりウルさんが1人で暴走しとるわけや。あの人おっかない雰囲気あるもんなぁ。昔からの名家の人やったっけ?……大変な父親持って、なんだかかわいそうやな、イルナ君。あの子優しくてええ子やったのに」
「本当にそうなの!イルナ君も……あの兵器のことを恐れていた……」
……イルナ君。私を逃したことでウルさんに責められていないかな。ムトは無事かな……。
「それでその兵器は……人間型なん?」
「うん。……信じ難いとは思うけど……正体はウルクの伝説の王、ギルガメシュなの。死者を蘇らせる儀礼っていうのがあって、それで蘇らせられた。でも自我はほとんどなさそうで、ウルさんの命令しか聞かない。それに、斧も弓も剣も火も効かない巨大な体に、人間を握り潰せるような怪力。通称ギルガメシュX」
「…………」
ヤリムが固まった。
やっぱり……伝説の王が蘇ったなんて……嘘みたいな話だよね。
「あ……あのね、信じられないかもしれないけど、本当なの。信じてとしか言えないけど……」
「信じるよ。蘇らせたんやな」
「信じてくれるの?」
「ノア様が言うんなら間違いないやろ。……それを、ウルさんはこの街に使うつもりなんやな」
「そう。イルナ王子の武勲をあげるために。私は……マリとバビルは敵国だけど、それ以上にアレを使うのを見過ごせない。とにかく、ウルさんに戦う理由をあげちゃだめ。すぐにラビ陛下と和平協定を結んで。そのために私を人質に使ってもいい」
「ノア様…………」
ヤリムは目を落とし、しばらく眉間に皺を寄せていた。そして私の手を包み込み、黒い瞳を向けてきた。
「ノア様、俺は勇敢な女性が好きや。ノア様のことは俺がお守りしますから、間違っても無茶はせぇへんように。ここではなにがあってもずっと俺のそばにおってくださいね」
「……よろしくね」
「よし。……じゃ、早速一緒にボスんとこ行きますか」
「え?!いきなり?!」
「善は急げやぁ」
「ええ?!ちょ、ちょっと……!」
にっこり微笑むヤリムのあとを追いかけ屋敷を出た。ヤリムは歩きながら、呑気に鼻歌なんか歌いだす。




