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その頃陛下は【side エシュヌンナ】①

 ノアとムトが村で過ごしている時のこと。


 エシュヌンナに使いがやってきた。2人がヤリムに捕まった、あの村からきた者だった。


 使いは、2人がマリの外交官に連れ去られた話をした。もちろんこの村人は、ノアとムトが川に飛び込んだことを知らない。その情報はラビには伝わらなかった。


 普段人前では取り乱さないラビだったが、今回は違った。


 執務室の机を拳で叩き、何度も深呼吸を繰り返す。そしてラルサへ戻ろうとしていた総督シンに命じ、軍の上官を召集し、兵の手配を進めさせた。

 

 ーーマリ。マリ。マリ。


 マリはバビルを裏切り、王子ディタナを無惨に殺した国。もともとラビは、タイミングを見て攻めるつもりでいた。

 

 だが、そのタイミングが突然来た。


「ノアとムトを取り返す。マリを滅ぼす」

 

 ラビは静かに、だが鋼のような口調で宣言した。

 いつもとは違う鬼気迫る王の様子に、シンは息をのんだ。


「お父様……」


 少し動けるようになった前・エシュヌンナ王妃ナディアは、椅子に腰掛け、キビキビと指示を出すラビを心配そうに見つめる。


 その隣には、眉間に深い皺を寄せるサーラが立っていた。


「陛下は……ノア様をより安全な場所に移したかっただけなのに……それが裏目に出たことでお怒りなんですわ」


 サーラが呟いたように、ラビは怒りの矛先をマリだけでなく、その選択をした自分自身にも向けていた。


「そうね……それにしても、あの父上がこんなにお怒りになるなんて」


 ナディアは驚きを隠せない。彼女の知るラビは、いつだって余裕と冷静さを崩さぬ男だった。

だが今彼は、怒りと焦りに突き動かされている。


 2人のもとへ、いつにもまして気だるげなダガンが現れ、サーラの隣にしゃがんだ。エカラトゥム奪還を願うダガンは、先のエシュヌンナ戦でラビと共に戦ったあと、そのままエシュヌンナの王宮に残っていた。


「ナディアちゃん、サーラちゃん、聞いてよ。ノアちゃんとムト将軍も心配だけど、俺もちょっとピンチなんだよ」


 サーラがダガンを見る。


「……どういうことです?」


「バビルの占い師に見てもらったらさ、妙なこと言われちゃってさ。

『嵐の神の街には、災厄が降り注ぐ』……だって。いや、このタイミングでそれは無いでしょ」


 ダガンは大きくため息をつく。サーラとナディアは顔を見合わせる。

  

「嵐の神の街?……嵐の神ハダドを主神とするマリのことでしょうか」


「普通に考えてそうだよねぇ。マリに何か良くないことが起こるのか、俺がマリに行ったらヤバい目に遭うのか…………どうなんだろ。……まったく、ヤスマフが生きててくれればな」


「ヤスマフ様……かつてマリを治めていた、ダガン様の弟君ですね」

 

「そ。バカだけど、いないよりはマシだった」


 ダガンのあっけらかんとした言いぶりに、ナディアは首を傾げる。


「実の弟君ですよね……?」


「うん。でもヤスマフは本当にバカだったから。親父も手を焼いてたな。……ま、それはともかく、ハンムラビが行くなら……俺もマリに行くしかないかぁ……」


 3人は兵達に指示を出し続けるラビを見る。この様子だと、明日には出発することになりそうだ。


「……とにかく、早くノア様を取り戻さねば。ディタナ様を殺害し、バビルの王妃となる方をさらった、悪しきマリに制裁を加えなければなりません」


 サーラが声に力を込める。ダガンはしゃがんだまま、勇ましきバビルの女官長を見上げる。

 

「まぁ、この大軍でいけばマリにも勝てるだろうね。さて、ジムリ・リムはどんな手を打ってくるのやら。…………あ、ナディアちゃん、マリの動きとか何か知らない?」


 エシュヌンナとマリは秘密裏に同盟を結んでいた。だがナディアは、バビルが攻め込んでくるその瞬間まで何も知らされていなかった。


 彼女は無言で首を横に振った。


 その様子を見て、サーラが吐き捨てるように言った。

 

「どんな策があろうと、とにかくマリを蹴散らせばいいんですよ。徹底的に、徹底的に滅ぼせばいいんです」


 ダガンがなにかをひらめいた。


「……あ!そうだ、サーラちゃんやベレトが使ったっていう、請け負った荷物は必ず運ぶ、凄腕の運び屋がいるじゃん!そこにノアちゃんとムト将軍を運んでくるように頼めばいいんじゃない?」


 サーラは腕を組み、険しい顔のまま頷く。その表情はもはや女官長ではなく、武将である。

 

「確かに。シッパルの営業所に人を送ってみます」

 

 そのとき。部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の男が駆け込んできた――アウェルだった。


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