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CHANGE ①

「ノアさん、大人しくしていてくださいね。ムト将軍にはイルナの補佐をしてもらいます。あなたは今はただ、イルナのそばに居てもらえればいいですよ。婚姻のことはそのうちに。……言うことを聞いてもらえなければどうなるか、わかりますよね」


 ――アレを引っ込めたウルさんに脅され連れられて、建物の2階、奥まった部屋に到着した。そこでは侍女さんたちが待機していて、あっという間に着替えさせられた。


 寝台の横、テーブルには温かいスープとパンが置かれた。


「……それと。私を殺そうとか、そんなことは考えない方がいいですよ。私が死ねばギルガメシュXを操作できる者がいなくなり、アレは大いに暴れますからね。敵味方関係なく殺しまくりますよ」


「……!」


「では、明日には出発ですから、よく休んでくださいね」


 そう言い残し、ウルさんは上機嫌に去る。自分の計画が順調に進み、さらに私とムトという駒が良いところに飛び込んできて、さぞ気分がいいのだろう。


 ――戸が外側から固く閉ざされて、部屋に1人、閉じ込められた。ウルさん、あれだけベラベラ喋ったんだ。私を手放す気はないのだろう。


「…………」


 外では日が傾き始めていた。

 慣れぬ街で、ひとりぼっち。 


 猛烈に心細くなった。寝台の上で膝を抱える。


 ーー捕まっちゃった。

 ヤバいことになっちゃった。

 クーデターの黒幕ウルさんだった。

 

 陛下に伝えたい。陛下の元へ行きたい。

 ムトと一緒に陛下の元へ行きたい。


 ムトは大丈夫だろうか……。


 それに、マリにはウルさんの協力者がいるといっていた。その人の目的は? なんでウルさんと組んでるの?


 色々……色々ありすぎた。


 ーー胸にかけていた、エニアちゃんからもらったお守りを思い出す。

 

 手に取り、薄い光を頼りに眺める。そこには子供らしいタッチで、斧を掲げた英雄・ギルガメシュ王が描かれている。どんな敵をも倒せそうな、力強く勇ましい姿。


 ……そうだよね。

 

 英雄っていうのはこうだよね。人々に勇気を与える存在だよね。


 なのに……なのに、さっき見たあれは……


 英雄の輝きのかけらもない狂人、怪物、モンスター。


 死の匂いを濃く(まと)った、災厄の塊のような存在だった。


 思い返すだけで息が詰まる。


 冥界から呼び起こして……無理矢理「躾」をして……兵器として使う?


 そんなの――英雄への冒涜だ。


 寝台に横になる。

 横に置いてあるスープは飲む気にならない。


 とりあえず……

 今は殺される心配は少なそうだし、少し休んで、何ができるか考えよう。


 ウルさんの話は、あまりに情報量が多すぎた。


◇◇◇


 少し目を閉じて休むつもりが、目が覚めたら夜だった。当然スープは冷め切っていて、パンは硬くなっていた。


 外の空気を吸いたくて、厚手の布を体に巻き付け窓から覗く。


 静寂だ。


 冷たい空気と満天の星空。地上には闇。時折警備の兵が持つ松明(たいまつ)の明かりが、人魂のように行き来する。


 その窓から抜け出すことはできそうだった。2階だが、足場を探しながらそーっと降りれば脱出は不可能ではなさそうだ。


 ……だがムトがどこにいるかわからない。どこかへ助けを呼びに行くにしても、私1人では荒野を彷徨い力尽きるだけだろうし……


 でもこのまま「神からの贈り物」がここにいたら、ウルさんの勝手な挙兵に「神のお墨付き」を与えてしまう。陛下も下手に責められなくなる。


 今の私に、何ができる?


 ――シュメール人とアムル人のうんちゃらはどうでもいい。そこら辺は日本人の私にはどうしようもない。


 ただ……アレを使うのはダメだ。あんな危険なものが、あんな殺戮兵器が世に出てはならない。


 どうしたらアレの使用を止められる?


 ウルさんを止めても無駄だろうし、イルナ王子はウルさんの操り人形だ。ラピクムの知事爺はどう思っているのかわからないが、ウルさんを止める力はなさそうだ。

 

 ……ここにいてもなにもできない。どうすればいい。私に何ができる?


 チラチラ光る星を睨みつけていたその時。

 頭上でバタバタ、足音がした。


 ここは2階、上に部屋はないはずだけど……


 窓から身を乗り出し、屋上を見上げる。

 するとひょっこり、暗闇から顔がのぞいた。


「わっ!!!」


「母上静かに!」


 屋上からイルナ王子が身を乗り出していた。

 王子は口に、シー!と指をあてる。


「あ……ごめんね」


「そちらに行きます。窓から離れてください」


 言われた通りにすると、のそのそと王子が屋上から降りてきた。暗いからか苦戦しているが、なんとか窓枠に足をつき、よろよろと部屋に入ってくる。


「イルナ王子……大丈夫? 足元気をつけて」

 

「……こういうの、ディタナ(にい)は得意だったんですけど……ディタナ兄、身のこなしがすごくって、それにめちゃくちゃ力が強かったんです」


 イルナ君が苦笑しながら、床に着地した。


「そうだったんだ。仲良かったの?」


「ディタナ兄はすぐにマリへ行っちゃったから……でも行く前にこうやって、バビルの王宮の屋上をぴょんぴょん飛んで部屋まで来てくれたことがありました。ディタナ兄、血の繋がりのない俺やヌマハにも優しかったです。なのに……マリで死んじゃったって。俺、まだ信じられなくて……」


「うん……」


 部屋の中の松明(たいまつ)に照らされた、寂しげな表情を浮かべる16歳の少年。こうやってみると、やはりウルさんとよく似ている。


 少年はサファイアの瞳を向けてくる。

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