突然のボス戦 ③
「素晴らしいでしょう? とても難しいんですけどね。そんな儀礼をね、昔、私の祖父が成功させたんです」
「な…………!」
――「死者蘇生の儀礼」。ライルはその儀礼でマリカさんを蘇らせようとして失敗し、なぜか私が巻き込まれてこの世界にやってきた。
ラルサのシェリダ王女はたしか、「その儀礼は成功した例がほとんどない」と言っていた。
ほとんどない。成功例がないわけじゃ、ない……
「祖父はね、かつてラルサが滅ぼした国の王に捧げ物をさせ、多くの優秀な神官を投入してね、いにしえのシュメールの英雄を蘇らせたんです。ノアさん、誰を蘇らせたと思います?」
この世界のいにしえの英雄といったら、私にはあの名前しか思い浮かばない。
今、胸の前にぶら下がっている。
「……まさか……ギルガメシュ王じゃないですよね」
ウルさんは嬉しそうに両口角を上げて、大きな戸のかんぬきを外し、勢いよくそれを開けた。
ガラガラ……ギィイ……
奥の部屋から、冷たくて、湿った重たい空気が漏れ出てきた。
危険だ、と本能が叫んでいた。
ギ……ギィイ……ジャラ、ジャラ……
「……やはりシュメールの王、ギルガメシュの名は千年経った今でも英雄として生き続けている。よかったですね。……さぁ、出てきてください」
ドシン、ドシン。ゆっくりとそれが近づいてきた。心臓がバカみたいにバクバクいっている。
鎖をひきずりながら現れたのは、天井につきそうなほどの浅黒い巨体。2メートル半はあるだろう。
腰布を巻いただけの体、裸の上半身は異様に発達した筋肉で鎧のように覆われている。太すぎる両手両足は鎖で繋がれている。
脂っこくモシャモシャとした黒い髪。眼は焦点が合っておらず、うつろにどこか一点に向かっている。唇は乾ききって裂け、その隙間からフシュウウウと不気味な息が吐き出されている。
数歩先、それがこちら向きに立ち止まる。全身を容赦のない悪寒が襲った。
ーーこれが、伝説の英雄、ギルガメシュ王?
本当に?
ただのおぞましい怪物に見えるけど……?
「祖父はね、もともとはこの方にシュメールの王として君臨して頂くつもりだったんです。……ですが、長い間冥界にいらっしゃったからか、残念ながらこんな有様でね。言葉も話せない。辛うじて人間の形、って感じですよね。
こんなのがシュメールの英雄だなんて言ったら逆に怖いでしょ? シュメールのネガキャンになっちゃいますよ。それに力も恐ろしく強くてね、言うことも聞かないし、昔はよく暴れて大変でした……。
……ということで、私たちはこれを『dGIŠ GIN MAŠ 03X』――通称『ギルガメシュX』と名付け、屋敷の奥にしまっていたんです」
ネーミングセンス…………
「厳しい躾を重ね、最近やっと、こちらの指示が通るようになったんです。残念ながら私の話しか聞きませんけどね。でもこうやって、大人しく言うことを聞いてくれるようになりました。ここまで長かった。
これね、すごいんですよ。さすが神の血が流れる英雄、矢や槍が刺さっても、火をつけられても死なないんですよ。そのうえ剣を一振りで5人は殺せます。素晴らしいですねぇ。無敵なんです。これに火を持たせて歩かせれば、どんな攻撃も跳ね返しながら、あっという間に町を焼け野原にすることもできるでしょう。まるで夢のような武器。まさに最終兵器なんですよ!」
ウルさんは嬉しそうに、ソレの太すぎる腕をバシン!とはたいた。ソレは無反応だった。
「ちなみに私以外の人間が触れると、反射で人を握り潰すように仕込んでいます。頼もしいでしょう!」
「…………」
ムト……
これひとつで町を焼け野原にするような恐ろしい武器……
この世界にもあったよ……
災厄の塊のような存在に、私はただ、呆然とその場に立ち尽くす。




