突然のボス戦 ②
「イルナ、素直でいい子でしょう。あと数年も経てば食べ頃のいい男になりますよ」
振り返ると、いつのまにかすぐ後ろにウルさんが、ニッコリ微笑み立っていた。
怖!メリーさんか!
慌てて数歩後ろに下がる。
というか自分の子をそんな風に言うな!
「……た!確かにイルナ王子はいい子だと思います。イルナ王子『は』」
「そうでしょう。気が早いイルナはあなたを母上などと呼んでいますが、まだハンムラビとは結婚していないですよね。イルナもまだ結婚してないんです。ノアさんがイルナの妻になってやってください。正妻にはできませんが、シンボルとしてあなたは十分価値があります」
「…………はい??」
ウルさんは笑みを崩さず、続ける。
「ノアさんは私の真意をご存知でしょう。イルナを次のバビル王にする。確実に。そのためにあなたを排除しようともしました。それはあなたがハンムラビの子を産む可能性があったから。……
……ですが、今日、せっかくこちら側に来てくれたのです。今回、イルナは王命を受けずに挙兵しましたが、あなたがいればこの挙兵は神のお墨付きになります。それに兵の士気も上がる。今の私たちにとって、あなたはまさに『神からの贈り物』なんですよ。……ね、ノアさん。私たちはあなたを歓迎します」
……いや、いやいやいや。
「神からの贈り物」の肩書きを都合よく使わないでくれ。
それに、まさかのイルナ派への勧誘?!
「……ちょっと、何言ってるかわかんないです……」
「私たちと組みましょう。時は満ちました」
「もっと何言ってるかわかんないです……」
ウルさんが手を後ろで組み、鋭い視線をむけてくる。
「ノアさん。私は自分が王になりたいとか、権力者になりたいとか、そういう理由で動いているのではないのですよ。私はただ、シュメールの誇りを取り戻したいのです。私の願いはね、シュメール王朝の復興です」
「……どういうことですか」
ウルさんはフフンともったいぶって、部屋の中をゆっくり歩き出す。
「ノアさん、神からの贈り物。ハンムラビの出自をご存知ですか? どんな一族出身か、ご存知ですか?」
「たしかアムル人、もともとは遊牧民族だったような……」
「そうです。では、アムル人がやってくる前、この『二つの川の間の地』は誰のものであったか、ご存知ですか?」
「えっと、シュメール人……アッカド人?」
「シュメール人です。アッカド人もまた、本来は侵入者です」
ウルさんが嫌そうに答えた。
だがすぐに澄ました顔に戻る。
「本来この地はシュメール人のものです。ですがシュメール人の王朝は滅び、今やすっかりアムル人に乗っ取られました。シュメール最後の王イビ・シンは、アムル人の勢いに押され、エラム人の攻撃にも耐えきれず、エラムに連行され殺されました。……私たちは、そのイビ・シンが残した血筋の末裔なのです」
「はぁ…………」
「長年、私たちは密かに耐え忍んできました。アムル人の中に紛れ、血の近いもので婚姻を繰り返し、シュメール王家の血を守ってきたのです」
「…………」
「私はなにも、武力でアムル人の血を追い出そうとはしていません。あくまで平和的に、シュメール人の伝統を継承する王朝を復活させたいだけなのです」
「平和的って……私に毒盛ったじゃないですか!それのどこが平和的なんですか?!」
黙っていたが、我慢できず怒りをぶつける。
だがその人は、口角を少し上げただけ。私の怒りはあっさり退けられてしまった。
「えぇ。申し訳ない。これでも武力に頼る方法は改めているつもりなのですよ。かつて彼の兄達をけしかけ争わせ、漁夫の利を狙ったこともありましたが……それも失敗してしまってね」
「ちょ……ちょっと待って……兄達をけしかけって……あのクーデターって、あなたが仕掛けたの?!」
ウルさんは、しー、と指を口に当てる。
「ノアさん、声が大きいです。あの愚かな兄達はまんまと乗ってくれましたが、ハンムラビが物理的に強すぎました。……まぁ、もうずいぶん前のことですし、水に流してください」
「……そんな他人事みたいに……!あ、あなたのせいで……無実のマリカさんは……!」
ウルさんはゆっくり首を横に振る。
「呪われた名を出してはいけませんよ。……彼女のことに関して私は関与していません。ハンムラビの兄達が勝手に巻き込んだのです。どうやら彼女を口説き、断られたので腹いせに巻き込んだそうですよ。彼女、異民族だったでしょう。そこも気に食わなかったのではないですか」
「…………!」
意味不明……言葉にならない。
「ですからもう、なるべく穏便に王権を渡してもらえる方法はないかと考えていたら、ハンムラビにはどうやら世継ぎができなさそうだと知りましてね。これは使えるもしれないと、純粋なシュメールの血を継ぐイルナとヌマハを養子に送り込んだのです。おまけにナディアもつけましてね。あ、この話はどうぞご内密に」
「……あなたが王位を乗っ取ろうとしている企みは、みんなすでに知っています」
ウルさんはわざとらしく、困ったなぁと眉を下げる。
「あぁ、ハンムラビ本人よりも、イルタニがうるさいんですよね。あの女、女神官としての力が強く、なかなか手強くて……。……でも」
ウルさんの青い目が野心に溢れる。
「時は満ちました。ハンムラビはよくやってくれました。ラルサ、エシュヌンナまで征服してくれて、残る大国はマリのみ。イルナはこれから単独で、最後の宿敵マリを征服します。これによりイルナは民の絶大な支持を得られるでしょう。この先イルナの王位は確実です」
「イルナ王子の軍だけでマリを攻略? それが成功する確証はあるんですか?」
そう尋ねると、部屋の奥の戸に寄りかかりながら、ウルさんは目を細めて笑った。
「えぇ、それはもちろん。マリには我々の協力者がいます。それに何より、私たちには最終兵器がありますからね」
「最終兵器?」
ウルさんはうっとりと復唱する。
「最終兵器。えぇ、最終兵器です。……ノアさん、シュメールの文化はすごいんですよ。例えばね、はるか昔、我々の先祖は人智を超えた儀礼を生み出したんです。例えばね、『死者を蘇らせる儀礼』なんてものまで作っちゃったんですよ」
「…………!」




