突然のボス戦 ①
イケおじに向かい、ムトが頭を下げる。つられて頭を下げる。
「……ウル様、ご無沙汰しております。なぜこちらに?」
「イルナ殿下の付き添いです。ディタナ王子が無惨に殺害されたのを受け、マリへの進軍をお決めになったのです。そちらはお供の方ですか?……こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
その人の声音は柔らかかったが、その目はおそろしく鋭い。
……どうやら入らざるを得ない状況になってしまった。
ムトはギュッと力強く手を握り、名残惜しそうに離し、戸を叩き、開けた。
「……失礼します」
その部屋に入る。床には鮮やかな赤色の絨毯が敷かれ、歳の離れた2人の男性が横並びに座っていた。
部屋の奥にはさらに戸があり、太いかんぬきでかたく閉ざされている。
2人のうち、一方の若い男……というより少年が、ピョンと元気に立ち上がった。
「……ムト将軍?!」
イルナ王子だ。
「はっ。ご無沙汰しております、殿下」
ムトがまた頭を下げる。
「そちらの方は……もしや母上でいらっしゃいますか?!……母上!お久しぶりです!驚きました。髪をバッサリ切られたのですね!」
イルナ王子がそばにきた。後ろさえ見なければ、イルナ王子は相変わらずかわいい男の子だ。
「……ノア……? まさか『神からの贈り物』?」
先ほどのイケおじが目を丸くする。まぁ、そうなるか……
「はい、ウル様。……こちらは『神からの贈り物』、ノア殿でいらっしゃいます。……ノア殿、こちらはイルナ王子のご実父、ウル・シン様でいらっしゃいます」
ムトの紹介を聞き、ウルさんは意味ありげに微笑んだ。
あぁ、やはりこのイケオジがラスボス……!
ウル・シンというらしい。
ウルさんは低く落ち着いた声で、私に向かって挨拶する。
「……はじめまして、ノアさん。イルナの実父、ウルと申します」
そして私は立派な大人なので、毒殺しようとしてきた人にもちゃんとご挨拶をする。
「はじめまして。『神からの贈り物』こと、ノアです」
「驚きました。エシュヌンナにいらしたのでは?」
「いろいろありまして……」
「いろいろとは?」
どう答えようかと口をつぐむと、横からイルナ王子の隣に座っていたおじいちゃんがフルフルと手を伸ばしてきた。ここの知事だろうか。
「ノ、ノア様……私はラピクムの知事をしている爺でございます。……ノア様、『神からの贈り物』、ラルサでシャマシュの光と共に現れ、シッパルに瞬間移動をし、エシュヌンナでは戦場に降り立ち兵を鼓舞し、バビルに勝利をもたらした伝説の御方……お会いできて光栄でございます……!」
眩しいものでも見るかのように、目を細めるラピクム知事爺。だいぶ盛られていて恥ずかしいが、そのシワシワの手を取り、握手した。
「そ、そうです。ノアです。よろしくお願いします。……そうだ、知事さん、陛下の元へ早馬を出してくれませんか。私たちがここにいる事を知らせたいのです」
「それはできません」
ウルさんがスパッと答えた。その顔は穏やかに笑みを浮かべている。だがその声音はやっぱり冷たく鋭い。
「……父上?」
首を傾げるイルナ王子に、ウルさんは冷めた目を向ける。
「殿下。私はもう父ではありません。殿下の父はバビルの王。私のことはウル様とお呼びなさい」
室内に緊張が走った。イルナ王子は小さく震えていた。このパパ怖。
「は、はい。……ウル様、なぜ早馬を出せないのですか?」
「そんなことより殿下、まずはムト将軍にお召し物のご用意を。将軍ともあろう方がそんな簡素な格好では示しがつきません。知事、ノアさんにも立派なお召し物を。お待ちの間、ノアさんは私とここで少しお話をしましょう」
「は、はい」
「すぐにご用意します」
イルナ王子と知事爺が慌てて部屋をでる。
この人の言葉には逆らえない、そんな空気があった。
「ムト将軍、あなたも殿下と行くのです」
ウルさんが動かないムトにツンと言う。
ムトは私のすぐ隣からウルさんを見据える。
「……ウル様。私はいっときもノア殿のおそばを離れるわけにはいきません。ラビ陛下のもとへお連れするまでは」
ラビ陛下の単語に、ウルさんの眉がピクッと反応した気がした。でもあくまでその表情は穏やかだ。
「心配ご不要ですよ。……確かに私とノアさんは微妙な関係ではありますが、大切なお客様だ。危ないことはしませんよ」
「ですが、ウル様」
「平民ごときが口答えするとは感心しないな」
「…………」
その言葉に、ムトが押し黙ってしまった。
……この人、すごーく嫌な感じだ……
「……ムト、大丈夫だよ。なんかあったら屋敷中に聞こえる大きな声で、ウルさんに殺されるー!って叫ぶから」
「ノア……」
怒りを抑えながら、精一杯の嫌味を吐く私に、心配そうな目を向けてくるムト。
吹き出し、笑い始めるウルさん。
「ははは。ノアさんは肝が座っていらっしゃる」
「そういうことで、私に手を出さないでくださいね。神々に誓ってください。私は神からの贈り物ですから。なにかしたらバチが当たりますよ」
「はい、誓いますよ。私はただ、あなたと腹を割って話をしたいだけですから。……ほら、ムト将軍、お行きなさい」
ムトはすぐに戻ると言って、渋々渋々部屋を出た。
戸が閉じられて、部屋にウルさんと2人きり。どこを見ていいやらわからず、ムトが出て行った戸に目をやった。
……やばい。今になって緊張してきた。
「そそそそれでお話とは……」




