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さよならスローライフ ①

 家事に畑仕事にご近所さんとの交流。夜は子供たちといろんなお話をして、忙しくも平和な日々が過ぎた。


 ムトはついに馬に乗れるようになった。


 村を出る準備が整った。


 近々、男性衆が街へ出かける用があるとのことで、途中まで同行させてもらうことにした。旅はなるべく大人数のほうがいい。


 ――ついにこの村ともお別れだ。


 この村での暮らしは楽しかった。住人は優しいし、毒を盛られることも、拉致される心配もない。心穏やかに過ごすことができる。


 困り事といえば、覚醒しちゃったムトのスキンシップをかわさなくちゃいけないことくらい。……ここでの出来事は冥界まで持っていこうと思う。


 だが、そんな浮かれた暮らしはもう終わり!


 おばあちゃんは、2人でずっとここにいてもいいんだよと言う。エニアちゃんは泣きながら引き止めてくれた。正直胸が痛かった。


 それでも行かなくちゃ。大好きな陛下の国へ帰らなくちゃ!


 私たちがシッパルについていないことは、流石に陛下の耳にも入っている頃だろう。


 陛下を心配させたくない。ただでさえ背負うものが大きすぎる人だ、余計な心配はかけたくない。

 

 ムトが動けるようになったんだ。すぐにでもシッパルに帰らなくては!


◇◇◇

 

 村での最後の晩。最後のお話し会。


「――エンキドゥの死の悲しみに打ちひしがれたギルガメシュは、死を恐れるようになりました。そしてこの世のはてに住むという、不老不死の存在・ウタナピシュティムに会いに行きました。どうすれば死を回避できるのかと聞くためにね。……ギルガメシュは海を越え、サソリ人間の守る山々を越え、1人ではるばる旅をしました」


「サソリ人間?!」

「やべー!!」


「そうよ。それにクマやライオン、ヒョウ、トラ、あらゆる獰猛な生き物と戦いながら旅をしたの。……途中、ギルガメシュはある女の人に出会ぅたんだけど、彼女は不死を求めるギルガメシュにこう、語ったの。

 

『ギルガメシュよ、人間は死ぬものです。

あなたはあなたの腹を満たしなさい。

あなたの衣服をきれいになさい。

あなたの頭を洗い、水を浴びなさい。

あなたの手につかまる子供たちをかわいがり、あなたの胸に抱かれた妻を喜ばせなさい。

それが人間のなすべきことですよ』……と」


「深い…………」


「それでもギルガメシュは永遠の生命を求めて旅を続けました。そうしてね、ギルガメシュはついにウタナピシュティムに出会い、死を回避するにはどうすればいいか尋ねたの。


 そしてウタナピシュティムは……ギルガメシュに、かつてこの世界を襲った大洪水の話をしました。そして彼自身がその大洪水を奇跡的に生き延びた、ごく普通の人間だったことを、語ったのです」


「不老不死のウタなんとかは……もともと人間だったの?」


「そうよ。それは……ウタナピシュティムがまだ人間だったある日のこと。神々の主・エンリルは、地上に増えすぎた人間を滅ぼそうと考えたの。だけどそれに反対した神がいました。


 それが知恵の神・エア。エアはなにかと人間贔屓な神様でね、こっそり言葉を風に乗せ、ウタナピシュティムのもとへ運んだのです。『船を造れ』と。彼はエアの言うことをちゃんと聞き、船を作り、家族やあらゆる生き物たちを詰め込みました。


 まもなく世界は激しい嵐に襲われ、大地は洪水で覆われました。6日経って水が引いたけど、船に乗っていた人間以外は全て……粘土になっていました」


「粘土ぉ…………」


「唯一生き残ったウタナピシュティムとその仲間たちは、神々に許され、神々と同じように不老不死となりました。


 ……そんな話を聞き、ギルガメシュは落胆しました。やっぱり望んで不老不死になる方法なんてなかったのだとわかったからね。その後、ギルガメシュはウタナピシュティムに教えてもらい、『若返りの草』を得ることができたのだけど、一瞬油断した隙に、なんと蛇に食べられてしまったのです」


「ヘビー!あ、だから蛇は脱皮して若返るのか」


「そうかもしれないね。……こうしてギルガメシュは失意のうちに、彼の都市・ウルクへ帰ったの」


「ギルガメシュ…………!」


「……これが英雄・ギルガメシュの物語。暴君が友情を知り、死を知り、人間の儚さを知る。そんな物語でした。……めでたし、めでたし」


 あんまりめでたくない気もするラストだが、それでも子供たちは立ち上がり、拍手喝采してくれた。ちゃっかりムトも一緒に立っていた。


 さすがにうるさかったのか、おばあちゃんも珍しく目を覚まし、目をシパシパしていた。


 こうして、長いシュメールの英雄伝説を語り終えた。


 感想を聞いてみると、


「かいじゅういっぱいでてきてたのしかったです /男性・6歳」

「ナカガワさんの語りがどんどん上手くなっていて成長を感じた。 /女性・10歳」

「語り手がかわいかった /男性・28歳」

「人間の生命の儚さを感じた。 /男性・10歳」


 など、さまざまなコメントが寄せられた。

 

 喜んでもらえたようで達成感がすごい。このお話を教えてくれたイルタニさんにお礼を言わなくちゃ。


 興奮やまぬ子供たちを家に帰す。ムトはもう1人で歩けるので、小屋までは送らず「おやすみ」と声をかけ、エニアちゃんの寝台に入ろうとした……その時。


 ムトにひょいと担ぎ上げられた。


「わ、なに!」


「夜通し語らないとな。ギルガメシュナイトだ」


 ムトが変なことを言っている。

 昔そんなテレビ番組あったよね??


「はーい!ナカガワさん、お休み〜!よい夜を!」


 妙に楽しそうなエニアちゃんに見送られ、ムトにスタスタ運ばれ小屋に着く。


 ムト、すっかり元気になったなぁ……と感心していたら、小さな寝台に横向きに寝かされ、背中側にムトが寝転び腕を回してきた。


 いや、近…………。



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― 新着の感想 ―
感想に何か混じってますよ。笑 デレすぎだぜ、ムトさん!
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