将軍と少年 ①
俺が生まれた村は、こんな風にのどかな場所だった。
バビルからは離れているが、祖母に父と母、2人の兄がいて、作物を育てるおだやかな暮らしをしていた。
でもある時突然、エラムの兵が略奪にきた。
負け戦帰りなのか、奴らは暴力に飢えていた。女は犯され、男は殺された。子供は捕まり、収穫物は奪われた。
まだ子供だった俺は、物陰に息を潜めて隠れていた。体が震えて動かなかった。
そして奴らは奪うだけでなく、村に火をつけようとした。俺の家にも火をつけようとしたんだ。
全てが失われると思った。
俺は――気づいたら松明を持ったその男に向かって走って、その足元にしがみついて噛みついた。男は怒り、剣を振りかざした。
その時だった。
雄叫びと共に、別の兵達がなだれこんできたんだ。
それはバビル軍だった。油断していたエラムの兵は、あっという間に劣勢になった。
1人のバビル兵が、エラム兵の死骸に押しつぶされていた俺を拾い上げた。「坊主、勇敢だったな」、そう言って男は俺を肩に乗せ、そのままエラム兵を斬り倒していった。
その男は顔に大きな切り傷があった。落ち着いていて、しかし勇猛で、とにかく強かった。数多の戦場を生き抜いてきた男だと、子供の俺でも分かった。
結局、火はつけられ村の大半が燃えた。でも奪われたものは取り返してもらえたし、上の兄と母と共に、俺は生き延びられた。
俺を拾った男に、母はどうか礼をさせてほしいと言った。でもその男は笑って断り、去っていった。
別の兵をつかまえて聞くと、傷の男はバビルの将軍だったとわかった。その頃バビルとエラムは小競り合いを続けていて、将軍はエラムの残党を追っていたんだ。
あの時から、将軍が俺の英雄になった。あの将軍みたいになりたいと憧れて、村の復興作業のかたわら剣をふりまわし、兄と戦いの練習をし続けた。いつの間にか俺は村でも近隣の地域でも負け知らず、まともにやりあえる相手がいなくなっていた。
物足りなかった。早く剣をふるいたかった。
従軍できる歳になって、俺は兄に母を託しバビルへ向かい入隊した。あの将軍に会えるかと期待していたが、彼はすでに亡くなっていた。
目指していたものが無くなって、俺は落胆した。だがすぐに新たな目標ができた。それが陛下だ。
入隊した直後、陛下が新規入隊者を鼓舞するために、そのうちの1人と剣を交えた時があった。もちろん練習用の剣だが。
一対一の真剣勝負。皆でズラッと周りを囲んで、息を呑んでその試合を見守った。
あの時は……驚いた。陛下は信じられないくらいに強かった。冷静に的確に、でも力強く剣を振る陛下に誰もが魅入っていた。お相手した新参兵は決して弱くはなかったが、あっという間に倒された。
転がる兵の腕を引っ張り、起こして肩を叩く陛下に向かい、俺は手を挙げた。次は私とお願いします、そう叫んで志願すると、陛下はニヤッと笑って、「来い」とおっしゃった。
その試合は……あまりにも長く続いたから、宰相殿が止めに入ってきた。俺はもっと打ち合っていたかった。こんなに俺と互角に打ち合える人間はいなかったから、楽しかったんだ。興奮していた。陛下もきっとそうだった。
……だが止められて、2人で汗を散らしながら宰相殿を睨んだ。宰相殿は腕を組んで目を瞑り、首を横に振った。
俺は白黒つけたかった。だが陛下はあっさり諦めた。『活躍を期待している』、と残して去ろうとなさった。だがその時俺は……おそらく消化不良で苛立っていて……何を思ったのか、『俺は自分より強い奴しか王とは認めない』と、とんでもないことを口にしてしまった。
あの瞬間の凍えるような空気は忘れられない。
だが陛下は、俺の無礼を笑い飛ばしてくださった。下手すれば首を刎ねられてもおかしくないのに、陛下は笑って、『なんと頼もしい!バビルにはこんな軍人が必要だ』と仰って、俺の名を尋ねてくださった。俺は陛下の懐の深さに恐れ入った。
そのあとも陛下は俺に目をかけてくださった。
平民の俺にチャンスを下さった。
だから俺は陛下のご期待に全力で応えると誓ったんだ。
マリ派遣では仕事を認められ、将軍に取り立てられた。対エラム戦争、ラルサ包囲戦でもお使いいただいた。陛下は俺を信頼してくださった。
平民の俺を認めてくださった。
だから俺はあの方の一番の駒でありたい――ーー。




