憧れの異世界スローライフ ②
――むかしむかし、ウルクの街に、ギルガメシュという王様がいました。彼の中には神の血が流れていて、めちゃくちゃイケメンで、力がとっても強いんだけど、すっごく乱暴な王様でもありました。
そして色々やっちゃって、ウルクの街の人たちはみんな、暴れ者のギルガメシュ王に困っていました。
「王様、なにやっちゃったの??」
「R18だから省略です」
「???」
――そんなギルガメシュを懲らしめるために、神さまは粘土をコネコネして、エンキドゥという、モジャモジャのちょー強いおじさんを作り、野山に放ちました。
「モジャモジャのちょー強いおじさん……??」
「うん。エンキドゥは超人的な怪力を持っていて、とーっても強いんだけどね、全身に毛がモジャモジャ生えていて、人の暮らしを知らず、裸同然で、獣たちと一緒に、草を食べたり水飲み場でぴちゃぴちゃ飲んで暮らしていたの」
「うわー……」
――そんな獣のような人間が現れたと聞いたギルガメシュは、とある女性をエンキドゥの元へ遣わして、ある作戦でエンキドゥの超人的な力を失わせました。
こうしてエンキドゥは怪力を失い、獣たちもエンキドゥから去っていきました。エンキドゥはちゃんとした人間になったのです。
「女の人、どんな作戦を使ってエンキドゥをちゃんとした人間に変えたの?」
「R18だから省略です」
「???」
いきなりR18ばっかだな、この英雄伝説。
――服を着るようになり、人間の風習を知ったエンキドゥは、その女性に連れられてウルクに向かいました。街で乱暴をしているギルガメッシュ王に会い、戦うために!
「わくわく!」
――今晩はここまでです。
「あーーッッ!続きが気になるッッ!」
◇◇◇
朝。
お腹に乗せられたエニアちゃんの足の重みで目が覚める。眠い目をこすり、朝ごはんの用意をする。
日中は村の人たちと一緒に農作業(大変)、家事(大変)、その他諸々肉体労働(大変)。
王族の暮らしに慣れてしまっていたから、このザ・庶民感が懐かしくて身に染みる。そうだ、労働。これが庶民だ。生きるために汗をかく。これぞ庶民だ……!
そしてムトには小屋で休むよう言っているが、この人はちょっと目を離すとすぐ動こうとする。エニアちゃんに見張りを頼んだが、あまり効果はない。
川から水を汲んでいると、エニアちゃんが泣きそうな顔で走ってきた。
「ナカガワさん〜! ハドキムさんがまた勝手に動く〜!」
エニアちゃんに代わってもらい慌てて帰ると、ムトは立ち上がり杖でブンブン、素振りをしているところだった。
「……ハドキムさん? なにしてるのかな?」
私に気づくなり、ムトは動きをシュパッと止め、ふいっと目を逸らした。
「……動かなければ身体が鈍るからな」
「身体が鈍るからな、じゃないのよ。そんなんじゃいつまで経っても治んないでしょ!動きたくても今は休む時だよ。急がば回れ、ってライルなら言うよ!」
言わなそうだけど!!
「…………」
黙ったムトを力づくで寝台に座らせる。念のため足を見ると、やはり鮮やかに血が滲んでいる。
「ほら!傷が開いちゃったじゃない! 待って、今新しい当て布を……」
ムトは少し顔をしかめたが、逆らうことなく身を委ねてくれる。包帯を外すと現れる、深い太ももの傷。
「ほらもう、……あ、血……あ、だめ倒れそう」
「……お、おい!大丈夫か?!」
クラっとしかけたが、ムトが片腕でひょいと体を支えてくれた。そして空いてる手でペチペチ、頬を叩かれた。
「…………ふ、ふぅ、セーフ」
「まったく……そっちが倒れてどうする」
「誰のせいだと思ってるの!」
「それはこっちのセリフだ!もとはといえば、誰かが冬の川に飛び込むなんて馬鹿な真似をするからだろ」
「だ! だって……」
「俺の身を案じてのことだろうが、そんなことはしなくていい。陛下を悲しませるな。わかったか? 二度とするな」
ムトに怒られた。
「…………はい。以後気をつけます」
「……いや。そもそも俺が上手くやっていれば、こんなことにはならなかったな。本当なら今頃シッパルについていた頃だ……」
ムトは怒ったかと思うと、今度はへこみはじめた。
「いや、ムトのせいじゃないよ。仕方ないよ、だってまさかあんなところにマリの外交官がいるとは思わないもん」
「誰かがヤケを起こして川に飛び込むしな」
「……その節は本当にすみません」
ムトがため息をつく。
「ノアがなかなか目を覚さないから……本当に肝が冷えた。王妃になる身だと、もっと自覚してくれ」
そういえばそうだった。王妃になるんだった。
「……王妃、王妃かぁ……」
「そうだ。王妃様になるんだ。陛下の……お子を産むんだろ」
全く実感が湧かない。そういえば王妃って子を産む以外になにするの? 王妃って有給とかあるのだろうか。縁がなさすぎてイメージが湧かない。
分からないけど……ずっと変わらないでほしいものがある。
「……ムト、もし私が王妃になっても、今みたいに呼び捨てで呼んでね。ノア様とか呼ばないでね。ムトにそう呼ばれると思うと……なんかこう、ムズムズする。ムトにはキッと睨まれたい。私のこと疑ってほしい」
「何を言っているんだ……」
ムトは呆れた顔をする。
「お願い。ムトとは平民仲間でいたいんだよ」
「無茶なこと言うな」
「ね、お願い。ハドキムさん、お願い!」
「…………」
手を組みお願いしてみると、ムトは顔を赤らめムスッと唇を尖らせた。
「……それは陛下のお許しをえなければできない。そんなことより、ここで足止めされている場合じゃない。ノア、馬をもらえるかおばあさんに聞いてくれないか。なにかと交換でもいい。とにかく早くシッパルに行くぞ」
「バカ言わないで。こんな傷じゃ馬に乗れる訳ないよ。今は休んで、せめて傷が開かなくなるまで休もう。……陛下なら大丈夫。私たちが失踪したこと、陛下の耳に入るにはまだ時間がかかるはずだから。心配をかけることはないよ」
「そうかもしれないが……」
「だからちょっとばかしの休憩タイムだと思ってさ、休もう。頑張りすぎるとさ、人ってあっさり倒れちゃうから。過労で倒れた私が言うんだから間違いないよ。それにここはいい村だよ。人も景色も素敵な村だもん」
ムトは黙って頷き、それから明かり取りの窓を見上げた。
「……たしかに。ここはいい村だ。それになんだか……懐かしい。この村は俺が生まれた村に似ている」
「そうなの? こんなのどかな場所で生まれて……なんでムトは将軍になったの?」
懐かしそうに、ムトが話し出す。




