憧れの異世界スローライフ ①
大河の支流のほとりにポツンとある、外界の喧騒から切り離されたような、平和でのどかな小さな村。
領土的にはどうやらマリに属するらしい。だが特有の訛りが見られないし、そこまでマリの影響力はなさそうだ。
ヤリムらマリの追手は来ていない。そもそも外から人がほとんど来ないらしい。顔に大きな傷があることで有名なムトの正体がバレていないことからも、あまり外と交流がない場所だとわかる。ここなら落ち着いてムトの療養ができそうだ。
シッパルではイルタニさんが、私たちが到着しないことを心配しているかもしれない。そのうち陛下に伝令を出すだろう。
できれば私たちの失踪が陛下の耳に入る前に、心配をかける前に、シッパルへ向かいたいが……
今はムトの傷の治癒が優先だ。
ムトをエニアちゃんに任せ、おばあちゃんの腕を支えながら村の中を歩く。ここが洗濯場、ここが広場、ここが畑、ここが医者の家……村のなかを案内してもらう。
畑仕事や漁業がメイン、時々工芸品を街まで売りに行く。そんな素朴で慎ましい暮らし。
すでに村の人たちはみんな私たちのことを知っていて、私を見るなり挨拶をしてくれた。外者にも優しい人たちだ。
こういう場所で異世界スローライフを送りたかったんだよなぁ、なんてふと、この世界に来たばかりの頃を思い出した。まさかこんな形でやってくるとは思わなかったけど。
こうして束の間のスローライフ featuring. ムトが始まったのだった。
私とムトは、おばあちゃんの家の裏の物置小屋を貸してもらうことになり、古屋の中にシングルサイズの寝台を置いてもらった。が、さすがに2人で並んで寝るのはアレなので、私はエニアちゃんの寝台に一緒に入れてもらうことになった。
夜。おばあちゃんの家に入ると、エニアちゃんはまるで修学旅行の夜でも始まったかのように、ワクワク待っててくれていた。
「ナカガワさん! 待ってたよ! お話ししよう!」
「お。いいね。でもおばあちゃんの寝る邪魔にならない?」
「大丈夫!おばあちゃん、ちょっとやそっとのことじゃ起きないから!」
向かいの寝台で横になるおばあちゃんは、すでに大きな寝息を立てている。
「そうかぁ、ならいっか。……お話、なんの話がいいかなぁ」
「私ね、ナカガワさんとハドキムさんのカップルトークが聞きたいの!」
キラキラおめめでそんなことを言うエニアちゃん。まったく、最近の若者は……
「そ、そんな、面白くないですよ」
「2人はシンジュウ?するほど愛し合っている恋人なんでしょ? ってことはさ……もう……キ、キスはしたんだよね?」
「…………し、したような……?」
「きゃーーーー!!!」
一応恋人設定なのでそういうことにすると、エニアちゃんは頬を両手ではさみ悶えはじめた。
「やばーい!ハドキムさん超イケメンだし、細マッチョだし!キュンキュンしちゃうね!……それで、……ど、どんな感じなの? ハドキムさんとのキスって……気持ちいい? とろけちゃう?!」
まったく、なんておませさんなんだ!
ずいっと顔を寄せてきて、私からの答えを待つエニアちゃん。答えないわけにはいかないか……。
「……ぼちぼちだよ……」
「きゃーーーー!!!」
もう、何を言ってもエニアちゃんは喜んでくれそう。恋に興味津々なお年頃とは可愛いものだ。だがとりあえず、話を逸らす。
「エニアちゃんは好きな子とかいるの?」
「え?!わ、わたしは……う、うーん……」
エニアちゃんが目を泳がせ、意味もなく手を動かし出す。わかりやすく動揺している。すぐにピンときた。
「わかった。2軒隣のタッくんでしょ」
「?!なんでわかるの?!」
「昼にタッ君がパンを届けに来てくれた時、エニアちゃん、なんだか照れくさそうにしてたから」
目の前の少女は感嘆の表情を浮かべ、それからふぅと、寂しげにため息をついた。
「…………そうなの。タッちゃんが好き。でも子供の頃からずっと一緒だし……私のこと、いまさら女として見てくれない気がして……。それに変に緊張しちゃってね、最近はうまく話すこともできないの」
女て。まだ10歳でしょうが!ドロケイでもしとけ!……と言いたいが、恋する乙女にそんな野暮なことは言えない。
「エニアちゃん、ム……ハドキムなんてね、最初私の首を刎ねようとしてたんだよ。私の話をいちいち疑ってきてね、すーごく面倒くさかったのよ。そんな始まりでも人って仲良くなれるし、関係性は変えられるんだよ」
「そうなの?!」
エニアちゃんが目を輝かせた。
「うん。とはいえ、幼馴染の壁を乗り越えるのは簡単ではないよね。……そうだ、タッ君が好きなものってなに?」
「えっと、タッちゃんは……いつか村を出て世界中を冒険したいって言ってた。よく神さまがこんなことをしたとか、こんな伝説があるんだとか、そんな話をしてるよ。でも私はよく知らなくて」
「なるほど、冒険物語が好きなのか。さすが男の子だね。うーむ……」
腕を組み、悩む。
「ナカガワさんはそういうお話詳しい?」
シッパルにいる間に、イルタニさんが教えてくれた物語を思い出す。
「……ひとつだけ。ギルガメシュ王って知ってる?」
「誰それ?」
「今から1000年も前の、ウルクっていう都市の伝説の王様らしい」
「古ーい!」
「ね!……そんな古ーい時代の王様・ギルガメシュはね、いろんな冒険をするんだけど…………あ!そうだ!私がその話を教えるからさ、それをエニアちゃんがタッ君に教えるのはどう? お話しするきっかけにならないかな? タッ君もう知ってるかなぁ」
エニアちゃんが、嬉しそうにパン!と手を合わせる。
「その名前はタッちゃんの口から聞いたことないし、知らないと思う!ねぇナカガワさん、そのお話教えて!」
「よし!……とはいえ、このお話は長いからね。分割してお届けしようかな。まずは第1話!じゃあ、お話しはじめるよ!」
「わくわく!」




