ノアクエ ②
「ちょっと!ハドキムさん!あんたなに動いてるんだい!」
振り返るとさっきの女の子が、腰の曲がったおばあちゃんと並んでいた。女の子はおばあちゃんを支え、2人はこちらにゆっくり歩いてくる。
「おばあさん……すみません」
ムトが大人しく謝っている。
「全く、無茶をしたらいつまで経っても治らないよ!」
「はい」
「まぁ……恋人が目を覚まして、はしゃぎたくなる気持ちはわかるけどねぇ」
「恋人? どういうこ……」
おばあちゃんの言葉にムトを振り返ると、バシン!と、また口を手で塞がれた。
「ちょ」
「……はい、彼女が起きて舞い上がってしまいました。すみません」
ムトはなんでもないように、おばあちゃんを見て答える。どうやらムトと私は恋人設定になっているらしい。
おばあちゃんは仕方ないねぇ、という顔をムトに向けて、それから私に優しい目を向けた。
「さて、あんたは何が何だか、という感じだね。家にお入り。あんたが寝てる間にあったこと、話してあげる」
◇◇◇
先ほどの小さな家に戻る。
女の子はエニアちゃんというらしい。親はおらず、おばあちゃんと2人でここに暮らしているそうだ。
エニアちゃんがテキパキと飲み物の用意をする。
「……昨日のお昼。いつものようにエニアが畑の方へ行って、私が川に洗濯に行った時のことだ」
椅子に腰掛けたおばあちゃんが話し出す。
ムトと2人、寝台に腰掛けて話を聞く。
「ふと気がつくと、上流から、木の枝に絡まった人間が2人、どんぶらこ……どんぶらこと流れてきた。それがあんたたち」
「モモタロゥ」
「もう、びっくりしちゃってね。慌てて洗濯に来ていた女たち総出で引っ張りあげたんだよ。ハドキムさんはすぐに目をさましたけど、あんたは体が冷え切って、なかなか目を覚まさなくてねぇ。……この人、あんたのことを心配して、ずっと体をあっためてたよ」
隣のムトを見る。ふいっと横を向かれた。
「ム……ハドキムさん……助けてくれてありがとう……」
「礼には及ばない」
「そういうわけだからさ、まぁでもねぇ、あんたちを生かすと決めたのは神だ。この時期に川に飛び込んで、2人とも生きているなんて奇跡だからね。奇跡だよ。神に感謝するんだよ」
おばあちゃんがポン、と私の手の上にシワの刻まれた手を重ねた。それはとても温かかった。
「はい。……おばあちゃん、私たちを助けてくださって、本当にありがとうございます。この村の皆さんは命の恩人です」
深々頭を下げる。
だがおばあちゃんは少し、寂しそうな顔をする。
「……あんたたち、上等な服を着ていたし、きっといいとこの坊ちゃんと異国のお嬢さんなんだろ。……何があったかしらないけどね。でもね、死んじゃだめだ。心中なんてしてもろくなことはないよ。死んだら終わりだ。落ち着くまでしばらくここにいなさい。ハドキムさんは休んで、あんたは……動けそうだね? 家の手伝いをしておくれ」
「あ……はい!」
どうやら私たちは、心中した悲劇のカップルと思われているらしい。ムトもその話に合わせたのだろう。
たしかに、万が一ここの人たちがバビルに反感を持っていたら、その将軍と王妃予定者だなんてバレたら大変だ。ひとまずこの恋人設定を利用するのが安全だろう。
おばあちゃんのありがたいお申し出を受け入れ、ここで休ませてもらい、ムトが歩けるようになったらシッパルへ向かおう。ムトと目を合わせて頷きあった。




