再会と壮大な妄想 ②
「美味いし体にいいから食べなと、パクチーをあーんして食べさせてきたんです!……ひどすぎます!あの外道……!!」
アーシャちゃんが泣きながら、ガン!と床を叩いた。ガン!ガン!アーシャちゃんは何度も床を叩いた。
「………………それは……辛かったね……。パクチーはね……うん……」
パクチー……
好きな人は好き。
ダメな人はまじでダメ。
アーシャちゃんは涙を拭い、いまだぐったりと寝転ぶ私を見る。
「ノア様は……どうしてこちらへ? 陛下やサーラ様と一緒にエシュヌンナにいらっしゃると、ヤリムから聞きましたが……」
捕虜の割にアーシャちゃんは結構情報をもらっている。それによく見れば部屋の中はきれいに整っていて、かわいらしいザ・女子部屋になっている。パクチー以外はそんなに酷い目にはあっていないのかもしれない。よかった。
「……そうだね、うん……どこから話せばいいのやら…………」
――アーシャちゃんに、シッパルに連れて行かれたところから、ここに至るまでの経緯を話す。
裏切ったエシュヌンナを討つため、陛下と共にシッパルからエシュヌンナへ向かったこと。
途中エカラトゥム王に拉致されて、さらにその妻に拉致されてクタで生贄にされそうになったこと。でも間一髪、ライルに助けられたこと。
そこでマリとエシュヌンナが組んだことを偶然知り、私は陛下にそれを知らせ、ライルはラルサに援軍を頼みに行くため二手に分かれたこと。
私は陛下の元へ着いたが、まもなくバビル軍とエシュヌンナ軍の戦いが始まったこと。そこにマリ軍も合流して危うい状況になったこと。その時ラルサからの援軍が到着し、バビル軍が勝利したこと。
だが援軍を頼みに行ったライルは死んでしまったこと。エシュヌンナに嫁いだナディア王女が自殺を図り、一命を取り留めたこと。
陛下に命じられて、ムトとシッパルに向かっていたこと。立ち寄った店で偶然ヤリムさんに会ってしまったこと――。
ーー言葉にすると、悲しみがまた蘇ってきた。話を聞き終えて、アーシャちゃんは静かに涙を流していた。
「ライル様……前はあんなに宴会がお好きだったのに、ラルサの頃からあまり出られなくなって……。バビルでの凱旋の宴にも出なかったですよね。その頃から具合が悪かったのかしら……」
「シンさんも原因はわからないって。でもライル、別れる前、顔色がすごく悪かったの」
「そんな。……ライル様…………」
アーシャちゃんが鼻をすする。
私も鼻をすする。
「ディタナ様も……死んでしまうなんて。ディタナ様がマリの王宮を脱出したことはヤリムから聞いていたんです。ディタナ様は武術の達人ですし、きっと捕まらないだろう、どこかで生きていらっしゃるだろうと、信じていたんですが……」
……そういえば。ちょび髭運び屋おじさんは、「マリの王宮にいたバビルの第一王子は殺され、自分たちが王子の遺体を運んだ」と言っていたが……
もしかしてあの人たちが……逃亡した王子を捕らえて殺害し、遺体を焼いて運んだのだろうか。
あの人たち、殺しまで請け負うのだろうか?
あのちょび髭おじさんにはそんな物騒なことできなさそうだけど、強いシャム君やザルさんの女弓使い感を思い返すと、あり得なくもない……気がしなくもない。
「……私、ディタナ様と歳が近くって……とても素敵な方だったんです。ディタナ様は陛下の養子になってすぐマリの王宮へ行かれたのですが……その前に一度だけ、バビルの街中で偶然お会いしたことがあるんです。
ある風の強い日に、街を歩いていたら私のハンカチが風で飛ばされて、ヤシの木の上の方に引っかかってしまったことがあって。困っていたんです。でも通りがかった男の人がその木をコツンとパンチして、木をバッサリ倒して取ってくれたのです」
「ほほう……?」
なんだか……見たことがあるような話だ。
「あの時はあまりの怪力に驚いて、ろくにお礼も言えなかった。その方もなにも語らず去ってしまいましたし……。後日それがディタナ王子だったと知りました」
「……ちなみにその人、何色の目だったか覚えてる?」
アーシャちゃんが、優しい思い出をたどるように目を閉じる。
「えぇ。琥珀色です。サーラ様と同じだなぁって思ったから、覚えてます。ディタナ様はサーラ様と近いお血筋なのです。サーラ様は幼少期のディタナ様しか知らないようですが」
「……な、なるほど……」
ーーディタナ王子。
第二王子・イルナ王子を推す勢力が、自身の野望を隠すためにお飾りの第一王子にしたという悲運の王子。マリの王宮に派遣され、実質的には王位に就けないよう追放されていた、ハンサムな青年。
もしかして、もしかしてだけど。
ーーバビルを裏切ったマリは、彼を殺害しようとしたが、王子はマリの王宮から逃亡。捕まえるのに手間取ったマリは、運び屋一家に王子を運んでくるよう依頼。運び屋一家は王子を捕えたが……
王子は怪力の持ち主、武術の達人だった。
ちょび髭運び屋おじさんは、コイツは使える!とひらめき、巧みな話術でスカウトした。行くあてのなかった王子はおじさんの提案を受け入れた。おじさんは王子の喉を潰して余計なことはしゃべれないようにして、運び屋一家に迎え入れた。
そして運び屋一家は、別の誰かの遺体を王子のものと偽り丸こげにし、マリへ運んだ。
こうしてディタナ王子は、シャムという新たな名前をつけられて、顔は布で覆い隠し、運び屋としての第二の人生を歩み始めた…………。
ーーというのは私の壮大な妄想だけれども。
まさか……まさか、ねぇ…………
シャム君の優しい琥珀色の瞳が目に浮かぶ。




