再会と壮大な妄想 ①
ヤリムさんの鳴らした指の音を合図に、店内にいた男が数名やってきた。そのうちの1人に私は軽々抱えられ、運ばれる。
「ノア!!」
男はスタスタ店を出る。
「ムトー!!」
逃げたいけども手足に力が入らない。
ムトは他の男たちに、床に押さえつけられている。そしてーー遠のいていく。
「……ムト!…………ちょっと!何すんの!」
男は無言で村の中を歩き、少しして小さな建物に入った。その暗い一室、絨毯の上にゴロンと下ろされる。
「痛っ!……」
すぐにヤリムさんが入ってきて、転がる私をニマニマ見下ろしてきた。
「ノア様ノア様……大丈夫や、酷いことはせぇへんよ。それに、お友達もおるよ」
クイっと顎で部屋の奥を指すヤリムさん。ググッと力を込めそちらの方を振り向くと……
そこには両手で口を押さえ、わなわな震えて立っている女の子がいた。
「…………アーシャちゃん?!」
「ノア様……!……ひどい、ノア様までこんな目に……!」
アーシャちゃんがフラフラと近づいて来て、寝転ぶ私の横にへなっと座り込んだ。かなりショックを受けているようだ。
「よかったなぁ、アーシャ。大好きなノア様にまた会えてなぁ」
「ヤリム……!」
アーシャちゃんが憎しみを込めた目で、ヤリムさんを睨みあげる。
「アハハ。お前は本当に可愛いなぁ」
ヤリムさんはニッコリ、アーシャちゃんの頭をポンポン。アーシャちゃんはすぐにその手を払い除けた。
「……朝になったらマリへ出発や。ノア様、よく休んどいてくださいね」
「……え? マリへ行く?!」
「えぇ。ウチの王宮の連中ときたら、お預かりしていたバビルの王子を殺して丸こげにしちまったし、早まってエシュヌンナと組んじゃったからなぁ。しかも負けとるし。おかげでウチとラビさんの国はもう決裂や。俺もバビルを離れなきゃならんしな。バビル、第二の故郷。寂しいなぁ。あー辛い」
全然辛くなさそうに言うヤリムさん。
さらにショックを受けるアーシャちゃん。
「……ディタナ様が殺された?……ディタナ様は危機を察して、マリの王宮から逃げていたはずでしょ……?」
ヤリムは眉をハの字にする。
「そーや。逃げて、死んで丸焦げになって運ばれてきたらしい。かわいそうになぁ。ディタナ君、素直でハンサムな子だったよなぁ。まったく王宮の奴らは喧嘩っ早くて困りますわ。……ということでお二人様、今晩はゆっくりお休みくださいませ」
「待って!ムトは?!」
「殺しやしませんよ。ムト将軍はマリの恩人でもありますからねぇ。かつてマリの危機を救ってくださった大事なお方や。丁重におもてなしいたします」
そう微笑んで、わざとらしくお辞儀をし、ヤリムさんは部屋を出て行った。
戸がパタンと閉められて、私とアーシャちゃんは部屋にポツンと残された。
そこに漂った沈黙を、アーシャちゃんが涙ながらに破った。
「ノア様、申し訳ございません。……私、あの男に利用されていました。……他国の外交官と付き合うなんて、ヤバいって分かっていたんですけど、でも何度断っても甘い言葉で口説いてくるし……顔もいいし……それで……付き合っちゃって……色々喋っちゃって……」
「アーシャちゃん……」
あの男、アーシャちゃんの(元?)彼氏だったのか。……つまり、男女逆転ハニートラップ的なやつか。
バビル王の近くにいる女官なんて機密情報の塊だし、他国の人間にとってはぜひともお近づきになりたい存在のはず。アーシャちゃんは可愛いし、厄介な男に狙われてまんまと騙されてしまったんだ……。
「ヤリムはラルサにいる間も手紙をくれたし、まめで優しい人だなぁって……! イケメンだし、いい人だと思っていたのに。なのにあの男にとって私は……ただの情報源でした……!あの甘い囁きは全部、私から話を聞くためだけのものだった……!」
アーシャちゃんが床に突っ伏し泣き出した。
――嘆きのアーシャちゃん曰く、陛下がバビルからシッパルに向かう時にヤリムさんに捕まり、ずっと閉じ込められていたらしい。アーシャちゃんは実家に帰ったとサーラさんから聞いていたが、それもヤリムさんの工作だったようだ。
ーーアーシャちゃんのこの有様は、王に仕える女官としては最悪だ。サーラさんが聞いたら怒り狂って憤死しそうだし。
でもあの男、妖艶でデンジャラスな雰囲気があった。アーシャちゃんは若い。若い女は危なそうな男に惹かれるものだ。※偏見
だから……
こんなに悲しんでいるアーシャちゃんを、責めることなんてできなかった。
「アーシャちゃん……辛かったね……」
アーシャちゃんは涙に濡れた顔を上げ、首をふるふる横に振る。
「私は……軽はずみな行動で陛下を危険に晒してしまいました。こんなの処刑モノです。サーラ様の瞑想タイムのことも、イルタニ様の媚薬のことも、ヤリムとの会話の中で漏らしてしまって……それで奴ら、ノア様に似た女を陛下のもとへ送り込んで……!」
ーーやはりアーシャちゃんから、陛下暗殺に必要な情報が漏れていたようだ。これはアーシャちゃん、バビルに戻ったら……機密漏洩が処刑相当かはわからないが、何かしらの罪に問われることは間違いないだろう。
でもアーシャちゃんは、こんなにも傷ついている。好きな男に裏切られ、お仕えする人を危険に晒してしまってーー
結果、陛下も無事だったのだから、せめて謹慎処分とかで済んでほしい。陛下にお願いしてみよう。
まだ手に力が入らないが、アーシャちゃんの震える手に、自分の手を重ねる。
「アーシャちゃん、その件なら大丈夫。陛下は無事だったよ。もう、あんまり自分を責めないで」
「……暗殺は失敗したこと、ヤリムから聞きました。本当に良かった。ヤリムが残念がっていました。……ざまぁみろです」
アーシャちゃんが口を一文字に、目を強くつぶる。長いまつ毛の下から涙がこぼれた。
……そして、ふと思う。
私もこれから……マリで情報を聞き出されたりするのだろうか。ひどい尋問をされたりするのだろうか?
私は……もしそうなっても、どんなに責め立てられても、口を閉ざしたままでいられるだろうか……?
恐ろしい光景が脳裏に浮かび、背筋が凍る。
「……これからひどい目に遭わされるのかな……」
思わず呟くと、アーシャちゃんはまた床に突っ伏して、わんわん声をあげ泣き出した。
「あ、アーシャちゃん……」
「ヤ……ヤリムのやつ……嫌だと言っているのに…!無理矢理……何度も何度も……!」
「…………!」




