将軍といっしょ ②
◇◇◇
夕暮れ時、バビルの国境付近の小さな村に着いた。お供の兵が宿を借りに行く。私とムトは先に腹ごしらえだ。
2人で飲み屋に入った。小さな村の小さな飲み屋。みんなガヤガヤ楽しそう。
空いている席につくと、店主がニコニコと酒を持ってきた。こんな村までどうしたんだい、とりあえず一杯飲みな、なんて声をかけてくれた。気さくなおじさんだ。
お言葉に甘えて一杯頂き、ムトと向かい合って座る。乾杯し、乾いた喉にビールをゴクリと流し込み、頼んだ料理の到着を待っているその時だった。
視線を感じた。
ふと見ると、少し離れた席から男がひとり、ニンマリしながらこちらを見ていた。ムトは気づいていない。
知らない顔だ。
黒い髪に黒い瞳、なんだか色気のある男。歳は近そうだが……誰だろう。1人客。
男は私と目が合うと、立ち上がり、長い前髪をかきあげながらゆっくり歩み寄ってきた。ムトに聞いてみる。
「ムト……あの人知ってる?」
ムトが振り返るのと同時に、男が声をかけてきた。
「まーさかこんなところに、こんな大物が2人もくるなんてなぁ。えらい驚きましたわ」
「!」
ムトが立ち上がり、腰の剣に手をかける。
男はひらひら両手をあげる。
「まぁまぁ、平和にいきましょ」
いや、この方言……!
「マリの人?!」
「ヤリム・アッドゥ。バビルに滞在していたマリの外交官。行方不明だと聞いていたが、こんなところにいたとはな。……ノア、俺の後ろにいろ」
ムトの指示通り立ち上がり、広い背中の後ろに隠れる。
でもその男、ヤリムさんはムト越しにひょっこりのぞきこんでくる。
「ノア様はえらいイメチェンされたなぁ。バビルにいた時とは大違いやないの。あれ、俺のこと覚えてないです? 凱旋パーティーで挨拶したんですよ」
「下がれ。斬るぞ」
「物騒なこと言わんといて。こんなのどかな村でさぁ」
ヤリムさんはニコニコ、全く動じていない。
周りの客達がザワザワ、騒ぎに気付き始めた。
「なぁ、なんでラビさんは大好きなノア様を手放したん? ムト将軍に任せてシッパルにでも連れてくん? まさかノア様ご懐妊?」
懐妊はともかく、なんて勘のいい男だろう。
「ちが……」
「俺、知識あるよ。内診しようか?」
妖しい笑みを浮かべ覗き込んでくるヤリムさんに、ムトが剣を向けた。店内で悲鳴があがる。
「ノア、馬に乗れ。すぐに追いつく。西へ向かえ」
「え?!ちょっ……」
だがその時、剣を構え一歩踏み出したムトの足が、ガクリと力なく床に沈んだ。
「?!」
さらにムトの手からは剣が落ち、バランスを崩した体は床に倒れ込む。
慌ててムトに近づこうとするが、私の足もヘニャリと膝から沈み込んだ。
「…………何を盛った!」
ムトが憎々し気に吐き出すと、ヤリムさんはアッハッハと大きく笑って、ムトの前にしゃがんだ。
「ビールにちょっとな。少しの間体が痺れるだけで、死にやしないよ。な、せーっかくこんなところで会えたんや。仲良くしましょ」
「なにを……!」
ヤリムさんがパチン。指を鳴らす。




