将軍といっしょ ①
ムトと共にシッパルへ――
なぜムトと?と聞くと、ムトならなんとしてでも任務を遂行するし、お前の暴走を止められるだろうし、絶対に手を出さないからと言われた。
陛下のムトへの信頼を再確認すると共に、いつの間にか陛下の中で自分が暴走キャラになっていたことも確認した。
サーラさんはナディア王妃のお世話のためエシュヌンナに残留となった。ちなみにサーラさんは、「ノア様、あとはその日が来るのを待つのみです」とかなんとか言って、菩薩のように穏やかな笑みを浮かべていた。
かくして私はムトと、なるべく目立たないよう数人の兵と共に馬でパカパカ、シッパルへ向かうことになったのだった。
人目を憚らずスキンシップをとってくるようになった陛下と別れの抱擁を交わし、馬に乗る。といっても相変わらず一人では乗れないので、ムトの馬に乗せてもらう。
「ノア、愛してる。気をつけて行けよ」
陛下はそんなことをサラッと言うから動揺してしまう。
マリカさんにもこうだったのかな……
◇◇◇
シッパルへの道。
馬の上、後ろに座るムトはどこかよそよそしい。気まずいのも嫌なので話しかける。
「ムトさんムトさん」
「なんだ」
「暇です。マリのこと教えて。前に強い王妃がいるって言ってたけど、マリの王はどんな人なの? バビルの王子を殺害してバビルとの同盟を裏切って……マリって一体どんな国なの?」
ムトはかつて、エシュヌンナに攻め込まれたマリを救援するためにバビルから派遣されたことがある。マリの王妃にも会っている。
「……マリは……少し前まで、偉大なる大王・サムシ・アッドゥの巨大王国の支配下にあった」
「あぁ、係長王のパパさんね。あ、ダガンさんって私が大好きだった係長に激似なの。初めて見た時びっくりしちゃってさ。……まぁいいや、それで?」
背後のムトは片眉をクイッと上げて、それ絶対陛下には言うなよと呟いて、また話し出す。
「……サムシ・アッドゥ大王は、王国の中でも特に重要な2都市の王に息子たちを任命した。北東のエカラトゥムには兄のダガン王を、北西のマリには弟のヤスマフ王を。だが大王が死ぬと国はすぐに崩壊。2人の王も王位を追われた」
「あー、ダガンさんが言ってたけど、結構大変だったみたいだね。拷問されたとかなんとか言ってたよ」
「らしいな。……マリの方では大王の死に乗じて、亡命していたマリ王家の王子が蜂起した。王子はマリを攻め込んでヤスマフ王を殺害、マリ王位を奪還した」
「…………」
ダガンさんの弟さん……殺されていたのか……
「それが現マリ王、ジムリ・リム。陛下と同じくらいの歳。頭のキレる男だ」
「ジムリ・リム……」
陛下を暗殺しようとしていた、私によく似たあのマリの女を思い出す。彼女は尋問でも結局何も話さず、舌を噛み切ろうとしたため収監されていた。
……彼女はマリ王への忠誠を誓っていた。あの暗殺もリム王の指示なのだろうか。だとすれば敵国の王の寝所まで女を送り込むなんて、確かに相当なキレものだ。
「……ジムリ・リムは、なんでバビルとの同盟を裏切ったんだろう」
「領土問題が大きい気もするが……それだけではないのだろうな。出身部族の違いもあるかもしれない」
「部族?」
振り返ると、ムトは何かを思い出すように空を見上げた。
「あぁ。この『二つの間の間の地』には……もともとシュメール人という民族が暮らしていた。今から数千年も前のことだ。シュメール人は川の下流で都市文明を生み出した。
そこに500年前、アッカド人がやってきた。特にアッカド人の王・サルゴンは、シュメール人の都市を征服し、巨大なアッカド王国を築き上げた。
……だが300年前、アッカド王国は衰退、シュメール人が滅びた王国を蘇らせた。再びシュメール人の世になった。
そこに台頭してきたのが、アムル人。アムル人はもともと半遊牧民族だった。バビル王の先祖も、マリ王の先祖も同じアムル人だ。
だが、アムル人の中にも派閥があった。『二つの川の間の地』の北側に展開した派閥と、南側に展開した派閥。マリは北側、バビルは南側の派閥で、両者は別の派閥だった…………と、アウェル殿に聞いた。
マリとバビルは似ているように見えて、異質な存在なんだ。いくら表面上は同盟を結んでも、腹の底では不信感が拭えないのかもしれない」
ーー異質な存在。争いの始まりってだいたいそれだ。異質な他者を受け入れられないことから始まる。
人間は生まれてから何千年、何万年もずっと、それをひたすら繰り返している。
「……なるほどね。マリとバビルにはそういう溝があるんだね。……それにしてもムト、すっごく詳しいね。歴史の授業でも始まっちゃったのかと思ったよ。先生みたい!」
「いや、俺は字が読めないし、人から聞いた話を繰り返しているだけだ。……学がない」
ムトはどこか自信なさげに呟いた。
この人にもコンプレックスがあるのかと驚いた。アウェルさんやライルはすらすら読めるから、比較しちゃのかな。
「でも……ムトの好奇心はすごいじゃない。そういえばね、私のもといた世界のすっごく頭のいい科学者はね、『私は天才ではありません、ただ好奇心が旺盛なだけです』なんて言ってたらしいよ。
だからさ、好奇心があればなんだってできるよ。楔形文字だって、そのお得意の好奇心を生かして勉強すればいいじゃない! 嘆いているだけじゃなにも変わらないよ!」
※特に勉強せず読めるようになった人の発言
ムトはなにやら考える。
「……俺が、勉強か。考えたこともなかったな。文字が読み書きできるようになるには、普通は専門の学校に行かなくてはいけないから」
「そうなんだ。頑張って!ムトならできるよ!」
※努力せず読み書きできるようになった人の発言
振り返ってガッツポーズをしたが、適当なこと言うな、なんてムトは呆れていた。
「……そういえばさ、アムル人が来る前にいた、『シュメール人』や『アッカド人』は今どうしてるの?」
ムトは手綱を引きながら、今度は悩ましげな顔をする。
「正確なことはわからない。だがアムル人は彼らを殲滅したわけではない。彼らの文化を取り入れ、共存してきた。『楔形文字』はもともとシュメール人が生み出したものだし、俺たちが話している『アッカド語』はアッカド人が使っていた言葉だ。
……シュメール人もアッカド人も、大半はすでにアムル人と同化しているんじゃないか。俺も自分が何人なのかはっきりとは分からない」
「そうかぁ。めんどいね」
「……結構、雑なところあるよな」




