運び屋一家 ②
「シャム! 何してんだ。さっさといくよ!」
シャム君の少し後ろから聞こえてきた、低めの女の人の声。声の主を見ると、気の強そうな美人が腕を組んで立っていた。
肩につく長さの黒い髪、動きやすそうな服、スラッとしたボディ。背中には弓矢を背負っている。……女弓使い? 誰だか知らないが、かっこいい……!
シャム君は頬を引っ張る手を離し、その女性を振り返る。
「……マ、ダ」
「なーにがまだだよ。シャム、ただでさえアンタは親父の言いつけを破って勝手に行動しちまったんだ。さっさと帰るよ。というか、運びの報酬はちゃんともらってんだろうねェ? まさかタダで運んだわけじゃないだろうねェ?」
「…………」
シャム君がバツの悪そうな顔をする。
よくわからんが……ここは!シャム君をフォローだ!
「あ、あの、シャム君の素晴らしい大活躍に対して、なんと陛下から直接報酬が手渡される予定になっています!」
だがその女の人は――
「陛下ァァ?! 勘弁してくれよ! おいシャム! これ以上バビル王には近づくんじゃねェぞ!」
喜んでくれるかと思ったが、ものすごく嫌そうな顔でシャウトされてしまった。この人陛下のこと嫌いなのかな。あんなイケメンなのに。
「で、でもですね、陛下から直接褒美を賜るなんて、実はすっごく光栄なことなんですよ!」
フォローするが、女の人はため息をつく。
「 ……普通はそうだろうな。でも今回は勘弁してくれ。報酬は直接シャムに渡さなくていい。あとでいいから、シッパルにあるユデっつー酒屋に持って来てくれ。そこの女将に『ちょび髭の報酬の件で』って言ってくれりゃァ通じるから」
「『ちょび髭の』??……あ、もしかしてシャム君のお父さんの、あの話の長いちょび髭おじさんのこと? 」
険しい顔をしていた女の人が吹き出した。
「アハハ。……あー、そーだよ。あの調子のいい小太りのおじさんだ。そうか、アンタは何度か会ってるんだよな」
「はい。……もしかして、あなたはあのおじさんの、仲間……とかですか?」
「仲間……っつーか、娘」
「娘???」
あのちょび髭おじさんから、こんな気の強い美女が生まれるのか……?
シャム君もハンサムだし、ちょび髭おじさんの奥さんって、もしや超絶美人なのでは……?
女の人がニヤリとしながら片眉をクイっとあげる。
「私やシャムが親父と似てないと思ったろ」
「……あ、はい、正直なところ」
「似てないのは当たり前。私もシャムも他の兄弟もみんな、親父と血の繋がりはないからな。みんな訳アリなところを親父に拾われて運び屋やってんだ」
「え」
思わず隣のシャム君を見上げる。
シャム君は、ウンウン、頷いた。
「……そうだったんですか。あのおじさん……そんな懐の深い一面があったんですね」
「懐が深いっつーか……使えるものはなんでも使うが親父のモットーだ。使えそうなヤツがいたら、ベラベラ喋って口説き落として仲間に入れる。ま、シャムは余計なこと喋れないように喉潰されたけどな」
「え」
見上げると、シャム君はまたウンウン頷いた。
……あの運び屋おじさん、自分はあんなに喋るくせにシャム君を喋れなくするなんて。なんてやつだ。そしていったい何者なんだ。
「あ、そうだ……振込先を誤らないように、念のためあなたのお名前を教えてください」
「振込先ィ?……あぁ、あたしはザル」
そば?
「……マルドゥク神の妻である、女神ザルパニートゥムから取ったらしい。親父命名の雑な名前だよ」
「な、なるほど」
シャムといいザルといい、どうもおじさんは神にあやかった短い名前が好きらしい。
「じゃ、報酬の件、頼んだぜ。……ほら、シャム、早く行くぞ」
見上げると、シャム君は口元に巻いた布越しでもわかるほど、深いため息をついた。
そしてその布を下ろし、緩やかなカーブを描いた口元で、綺麗な琥珀色の瞳で見つめてきた。
相変わらず……ハンサムだ。シャム君にはイケメンよりハンサムという言葉が似合う。
その最強のハンサムボーイが……行ってしまう。
寂しい。
「シャム君……」
――奇妙な縁で出会った、運び屋の青年、シャム君。
彼にとっては数ある仕事のうちのひとつだっただろう。でも私はこれでお別れかと思うと、寂しくてたまらなかった。
「……また会えるかな」
シャム君がにっこり頷く。
「たくさん助けてくれて、本当にありがとう」
シャム君はまた頷いて、それから口を開く。
「……ノア、カラ、オ、レイ……」
「私から? えっと、たいしたものはなにも……」
そう答えたその時、左頬に柔らかい感触。
そしてチュッ。わざと大きく立てられた甘い音。
一瞬フリーズして、状況を把握。
「…………シャム君?! キ、キ……?!」
頬を押さえバッと一歩後ずさりすると、目の前の美しい青年はニヤリと、今まで見せたことのない色っぽい目をむけてきた。
「テレ、タ?」
「しゃ、シャム君〜〜!」
「はいはいそこまでー」
ザルさんが手をバンバン、ダルそうに叩く。
そして振り返り、出口に向かいスタスタ歩き出す。
シャム君は舌打ちをして、早足でザルさんを追いかけた。そしてアワアワする私を振り返り、イタズラっぽい顔でマフラー巻き直す。
最後に手を大きく振り、「バイバイ」。
運び屋の青年は颯爽と去っていった。
「〜〜〜ッ」
――私はたぶん、顔がすごく、火照っている。
両手で頬をはさむ。内心、己に喝を入れる。
……しっかりしろ中川、テメェはラビ陛下の女だろ!こんなところ、人に見られちゃあいけねぇて!
昨晩あんなことがあったばかりだっていうのに!年下のオトコノコに浮かれるたぁいけねえよ!
「なーんかあの顔、見覚えがある気がするんですよねぇ…」
「……う、うわあああああサーラさん?!?!」
いつのまにか隣にサーラさんが立っていた。腕を組み、シャム君たちの背中を見送りながら首を傾げている。
「は、はぁ、びっくりした……え、サーラさん、見覚えがあるって、シャム君のことですか?」
「はい。ノア様を戦場でお守りし、ノア様の頬に口付けて、ノア様をこんなにも赤らめさせた、ハンサムな顔を隠しているあの青年のことです」
「…………陛下には言わないでください〜〜」
サーラさんはこちらを見てにっこり。
「いいんですよ。陛下のお子を産んでくだされば、私はなにも言いません」
「……ち、ちなみに、もし、そういうことをしても陛下のお子ができなかったら……どうしましょう?」
サーラさんはハッとして、それからフッと地面に目を落とす。
「そうですね……誰しもその可能性はありますからね。……その時は……呪術がお得意と噂のエカラトゥムの王妃・ベレト様に聞いてみましょうか。もしかしたら子授けの儀礼などご存知かもしれません」
「いやいやいやいやそれだけはやめましょう!!」




