夕焼けと瞳 ②
「……陛下、昔私が言ったこと、覚えてます?」
「……?」
「男友達からはじめましょう……って、ラルサで言ったでしょ?」
「言ってたな……」
「だから……これからは私がライルの代わりになります。私が陛下の、一番の男友達になります」
「またそれか……お前は本当、懲りないな」
陛下が呆れた声を出す。
「ライルに言われたんです。陛下のこと、ラビって呼んでやってくれって。もうアイツをそう呼ぶやつはいないからって。だ……だから、男友達。私がやってやりますよ!……早速練習いきますよ!」
「あのなぁ…………」
「…………な……なぁラビ」
「…………」
「どんな女がタイプ?」
「…………」
返事が全然ないので、後ろを振り向く。
オレンジ色の光に照らされた美しいお顔には、深い悲しみと薄い苦笑が浮かんでいた。
負けない。
「な、なぁラビも教えろよ。……俺はさー、やっぱり……」
「ノア」
「……へ?」
あまりにまっすぐな答えに、思わず変な声が出た。
「ノアが好きだ」
あまりに直球な言葉に、目が泳いだ。
「か、髪切ってイケメンになったのに?」
「どう見たって女だ」
「む、胸もそんなにないですよ」
「育て甲斐がある」
「マリカさんみたいに美人じゃないけど……」
「…………」
「なんでそこ黙るの」
「い、いや……ノアはかわいい。魅力的だ」
チラリと見上げると、夕陽と、少しの焦りを浮かべたエメラルドの瞳。
「まあ…………よしとします」
頬を膨らませていると、陛下の手が髪に触れた。髪をすくって、耳にかけられた。
「……ノアは? 俺のことは嫌いか?」
「まさか!」
「なら……もっと触れてもいいか?」
「……!」
……陛下は、ずるい。
この人にそんな甘い声で、甘い顔で囁かれて断れる女がいるだろうか。……いや、いない。
――と思ったが、今まで散々断ってきたのだった。そういうことは理解しあえてから、真に信頼できる関係になってからすべきだと、そうやってのらりくらりとかわしてきたのだった。
でも今は、向かい合っているだけで、きっとこの人と同じ気持ちを共有している。
いや、古代の王と現代の社畜が同じ感情を抱いているなんて、甚だおかしいとは思うけど……
「……今の私、ひどい顔してると思いますが……」
「俺もだ」
確かに、陛下の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。眉も唇もふるふる震え、力強い王はそこにはいなかった。
「……陛下もそんな顔、するんですね」
「人間だからな」
「人間ですね」
「人間だから……こんな時は、慰めが欲しい」
そう囁いて、その熱い手が涙でグシャグシャの顔を包み込んで――
「……あと、褒美も欲しい」
「欲張りですね」
「王だから」
「ふふ」
もう、
どっちの吐息なのか、わからなくなった。
どっちの心臓の音なのか、わからなくなった。
唇は溶け合って、
体温を分け合って、
頬を伝う涙が、どちらのものか、わからなくなって。
きつく抱き合った体は夕陽に照らされて、地面にひとつの影を落とし、
他に誰もいないバルコニーで秘めやかに揺れた。
「陛下!〜」のお話を読んでいただき、本当にありがとうございます。
本作品は、他サイトで地図や遺跡の写真、ゆるーいメソポタミアコラムなどを挿入しながら投稿しているものを、物語本文だけを抜き出し掲載しているものです。コラム入りバージョンはプロフィール画面から飛べますので、もしよろしければご覧くださいませ!
さて、陛下とノア、2人の関係性がガラリと変わりましたが…………




