神官様がとてもチャラい
「『召喚』……? な、なんで私が?」
「そりゃあ陛下のためだよ。いやー嬢ちゃん、はるばるお疲れな!」
ライルさんはニカっと笑うが、全くもって意味がわからない。それはムト将軍も同じようだった。
「……どういうことだ。ちゃんと説明してくれ」
ムト将軍に睨まれ、やれやれと肩をすくめるライルさん。
「だーからこの嬢ちゃんは、俺が陛下のためを想って、一生〜懸命難しい儀礼をやって、やっとのことで召喚したんだよ。ムトが疑ってるようなスパイじゃねえってこと」
「陛下のために召喚した……? もしかして、人々の目の前で『神の贈り物』を得ることで、陛下の権威性を増すため……とか、そんな感じですか?」
私がそう聞くと、ライルさんは、おー!と言って手をパチパチ。
「嬢ちゃんこの短時間でよく勉強してんな。まぁそれもそーだけど、一番の目的は、王妃。陛下もいい加減王妃を娶らなくちゃならねぇ。なのに本人がちっとも乗り気じゃねぇからよ。
そんな時にここの神殿漁ってたら、書庫の奥深〜くによ、『王に相応しい女を召喚する』っていう儀礼の方法が書かれた文書が出てきてよ!これはやるしかねぇ!ってなるだろ? んで陛下に話したら勝手にしろって言われたから、勝手にした。文書の通りに準備して、神に祈った。仕上げに陛下が神殿の頂上で捧げ物をしたら……あら不思議!王に相応しい女が召喚された。それが嬢ちゃん!」
ライルさんがビシッ!と指をむけてくるが、なぜ王に相応しい女に力尽きた社畜女が選ばれたのかわからない。神、しっかりして。
「……冗談はよしてくれ。神が選んだ結果がこの女? 陛下の王妃に相応しい女がこんなに貧相なはずがない。胸もない、尻もない、色気もない。ありえない」
「ひどい!!」
この将軍はしれっとひどいことを言う。もう将軍って呼んであげない。呼び捨てにしてやる。ジロリと睨みつけると、ムトは悪びれもなくふいっと目を逸らした。
「はぁ……悪いな嬢ちゃん。コイツは昔から女心がわからねぇやつでさ……俺は好きだよ、このコンパクトなサイズ感」
「?!ひゃっ」
ふわりと近寄り、背後からがばっと抱きしめてくるライルさん。腰に回されたたくましい腕、首元に寄せられた綺麗なお顔に思わず胸が高鳴ってしまう。
「……うん。思ったとおり。しかもよく見たら可愛い顔してるじゃねーの」
それにしてもこの人は本当に神官なのだろうか。神官って神に仕える聖職者じゃないのか。こんなにチャラくていいのだろうか。
「あの、ライル、さん、近いです」
「んー? 嬢ちゃんいいにおいするなぁと思ってさ」
「おい、それでも一応陛下のお手つきだ。離れてくれ」
「えー? でも……まだだよな。陛下とはまだ深い関係にはなってない。な?」
耳元でライルさんが低音ボイスで囁いた。
な、なぜこの人が知っているのだろう。
「……なんでアンタがそれを?」
その言いぶり、ムトも知ってたのか。さては部屋の外から聞いてたな。
眉をひそめるムトに向かって、ライルさんはニヤリとする。
「陛下の女嫌いならよーく知ってる」
「……女嫌い? そういえばサーラさんが陛下は後宮にも通わないって言ってましたけど……陛下は女が嫌いなんですか?」
「お。ラビのこと知りたい? まぁでもこれは機密事項だからなー……二人きりになれるところで話そうか。なんなら先にお兄ちゃんと遊んどく?」
「……いい加減離れてくれ。さっさと持ち場に帰らないと、サボっていたことを陛下に言わせてもらう」
ムトがライルさんを私から力づくで引き剥がした。
あぁ……貴重な情報源……
「はぁ残念。陛下に怒られるのはごめんだからな。……じゃーな、嬢ちゃん。また会いにくるよ」
「あ…… はい!」
情報源は手をヒラヒラさせどこかへ行ってしまった。
そしてムトがまたこちらを睨んでくる。この人は暇さえあれば睨んでくる。
「俺はまだお前を信用してないからな」
「……どうぞ思う存分疑ってください。でも剣は怖いから向けないでほしいです。この世界ではみんな当たり前かもしれないけど、私がいた世界では剣なんてなかったから慣れないし怖いです」
「……剣のない世界? 戦はどうする」
「ん……もっと恐ろしい武器を使います」
「……どんな武器だ?」
「それひとつで町をひとつ焼け野原にするような……」
「ひとつの武器で町を焼け野原に?!どういうことだ。詳しく教えろ」
「い、嫌ですよ……それでは失礼します」
急にズイッと寄ってくるムトの分厚い胸板を押し返し、部屋を出た。だが、ムトが後ろからぴったりついてくる。早足になっても早足でついてくる。
「……なんでしょうか?」
「その武器はどんな形だ?」
「どの程度の町までいけるんだ?」
「どのように製造する?」
「その武器は遠距離からでも使えるのか?」
「ほにゃららららら?」
怒涛の質問ラッシュに耐えきれず立ち止まり、くるりと後ろを振り返る。堅物将軍・ムトは、打って変わって好奇心旺盛な少年になっていた。顔にワクワク!と書いてある。
か、かわいい顔をするではないか。ちょっと胸がときめいた。
「……教えてもいいですけど、もう剣を使ったり、怖いことはしないって約束してくれますか?」
「お前が怪しいことをしなければ」
「……その『お前』呼びもできれば変えてほしいです。パワハラ部長を思い出すので……」
「ならばノア殿、でいいか」
「はい。殿はいらないですけど」
「王妃様となられる方にそんな無礼なことはできない」
「いやさっきまでお前って呼んでたじゃんすごい無礼なことしてきたじゃん」
「それでどんな武器なんだ。我がバビル軍にも導入できるだろうか」
この人武器のことしか頭にないのか!気になることに一直線なタイプのようだ。それでよく将軍なんて務まるなと思うが、こちらとしてはやりやすい。
「……あともう一つ条件が。陛下のこと、いろいろ教えてくれますか?」
「教えられる範囲でなら」
「陛下が女嫌いな理由は? もしや男性がお好きなのですか?」
昨晩も最初は覆い被さってきたし、女を抱けないわけではなさそうな気がしたけれど……
キラキラしていたムトの目が少し曇る。
「それは…………ことのはじまりは20年ほど前までさかのぼる」
「話長くなりそうだなぁ」
◇◇◇
「……先代王がお亡くなりになる直前、病の床で後継者を指名された。その時選ばれたのが五男のラビ陛下だった」
「五男? そんなことあります?」
「先代は陛下の母君を深く愛しておられたから。ラビ陛下はその唯一の男子だった」
「なるほど。でもそれ、他の王子が黙ってなさそうですね」
「そうだ。黙っていなかった。……即位された時、陛下はまだ幼かった。そのため宰相を中心に兄弟で協力し政治をされていた。だが陛下が20歳になられた時、その宰相が突然殺された。犯人は陛下の兄達とそれの取り巻達だった。奴らは密かに結託し、カリスマ性を発揮しつつあった陛下を葬ろうとした」
王位をめぐる兄弟間での殺し合い。特段、珍しい話ではないだろう。
「宰相を殺した奴らは孤立した陛下を狙った。だがお強い陛下は一人でそれを返り討ちにし、皆捕えて処刑した。……謀反人達の中には、陛下が深く信頼していた女性……婚約者の女性もいた。それを陛下は処刑しなければならなかった……自らの手で首を絞めたんだ。……それ以降、陛下は無意識のうちに女性を苦しめるようになったと聞いている」
「……婚約者に裏切られて、それを捕まえて処刑……」
「陛下はその女性を自らの手で、首を絞めて殺された」
「…………」
昨晩の寝所でのラビ陛下、あの冷たい目に含まれていたものの意味を、少し知る。なんて過酷な過去をお持ちなんだ。
「……女を避けたい陛下のお気持ちはわかる。とはいえ後継ぎがいないことは国の不安を招く。今は養子をとり王子としている」
ムトは腰に手を当て、肩を落とす。
つまり――?
――陛下は過酷な過去のせいで女が苦手。それを憂いたライルさんが、よき王妃を陛下にと神に祈った。
その結果なぜか私がここにやってきた。絶好のタイミングで現れた私を、陛下は「神からの贈り物」として迎え入れ王妃にすることにした。それが王の権威を高めると考えたから。
でもやっぱり陛下は女がダメだった。共に過ごそうとしたけどトラウマが発動し、妻となる私の首を絞めてしまった……
そんなところか。
いや、どんなところだ!そんな状況に突然巻き込まれたこちらの身にもなってほしい。なぜ私の第二の人生はこんなにもハードモードなのだろうか。ふつう、異世界に飛ばされちゃった!といったら、なぜかやたらにイケメンにチヤホヤされるのが筋ではないのか。今のところ首絞められて首斬られそうになってチャラい人に抱きつかれてしかいないのだが!
だが愚痴を言っても何も始まらない。今は女嫌いの陛下とどうにか上手くやる方法を模索するべきだろう。そんな事情を聞いてしまったら、なんだか放っておけないし……。
「……事情はだいたい分かりました。陛下が訳ありスパダリなこともよくわかりました。……うん。それでは私は王宮の探検を続けますので、失礼します」
「……おい。武器の話は??」