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ぜーんぶこの人のせい ①

 陛下の親指が唇を(もてあそ)び、口を開けられねじ込まれ、ねだるような色気たっぷりの目に見つめられ、体が(うず)きはじめたとき――

 

 バーン!

 

 部屋の戸が開いた。


 思わずピクリと肩を震わせ振り返る。そこには、はぁはぁと息を荒げるムトがいた。


「陛下! ノアが戻ったというのは本当ですか!」

 

 相変わらず桃色の空気まで破壊するムトに、陛下はわかりやすくムッとする。ちょっとかわいい。


「ムト! 久しぶり!」

 

 声をかけると、ムトは陛下の上に馬乗りになる私をみて思いっきり睨んできた。

 

 これは……また疑われるパターンだろうか。この人隊長以上に疑り深いもんなぁ。


 でも、ムトは。

 珍しくすんなり顔を緩ませた。

 

「……ノア……確かにノアだ」


「うそ!そんなあっさり信じるの?!」


「信じるも何も……髪は短いが、どう見たってノアだ」


「や、やだ嬉しい………!」


 こんなに見た目が変わったのにすんなり信じてもらえたことが嬉しくて、思わず拍手!立ち上がろうとする。


 だが逆に陛下に抱き込まれ、その火照った胸板に顔を押し付けられた。


「きゃっ、陛下?」


 陛下の手がゆっくり……後頭部を、背中を、腰を……這う。体がゾクゾクする。そして響く低音ボイス。


「ムト……少し外で待っててくれ」


 顔は見えないが、ムトはいつもよりも控えめに答える。


「…………御意」


 いや、……いやいやいや。御意。じゃないよ。こんな、いかにも今からナニかが始まります〜みたいな空気!恥ずかしいにもほどがある!

 

 思わず陛下の胸から逃れようとした時――

 

 バーン!


 再びドアが開く音。

 

「ハンムラビ! ノアちゃん戻ったって本当?!」


 陛下の腕を振り払い、振り返ると新たな来客――ダガンさんの姿が見えた。

 

 陛下は、チッ!と舌打ちした。

 

「……え? ハンムラビに抱きついてるの、ノアちゃん?」


 ダガンさんは遠慮なくズカズカ寝台までやってきて、陛下に抱き込まれた私の顔を覗き込む。


「……ノアです。どうも……」


「ダガン、ノアに近寄るな。元はと言えばお前のせいで……」


 陛下の抱き込む力が強くなる。が、ダガンさんはお構いなしにグイグイきて、嬉しそうに私の頬をビシビシ両手で挟み込む。


「……ほんとだ。ノアちゃんだ!無事でよかった……。ノアちゃん、エシュヌンナから自力で帰ってきたの? すごいじゃん、なんか髪切ってイケメンになってるし! 何があったの?!」


「色々あったんです……」


 というかあなたが激妻を放置したせいで、こうなったんです……

 

 この人には本当に色々言ってやりたいが、まずは陛下と共にマリとエシュヌンナの連合軍にどう対応するかを考えて欲しいので、一旦口をつぐむ。

 

 すると、その時――


 バーン!


 また戸が開いた。

 

 みんな王の部屋の戸をバンバン開けすぎである。

 (※自分含む)


「陛下! ノア様が戻られたというのは本当ですか?!」


 今回飛び込んでできたのは……サーラさんだ!


「サーラさん!」


「……ノア様!?」


 サーラさんが目を丸くして寝台に駆け寄り、ダガンさんを押し除け、陛下の上に馬乗りになる私に勢いよく抱きついてきた。陛下のうぐっ!といううめき声。


 すぐ後ろからアウェルさんもやってきた。

 

「……ノア様……お(ぐし)が……!でもよくぞご無事で……!!」


 サーラさんは目尻に涙を浮かべ、熱い体でギュウギュウに抱きしめてくる。本当に心配してくれていたんだなと胸が熱くなる。


「サーラさん……! ご心配をおかけしました……!」


「サーラちゃん、ずっとノアちゃんのこと心配してたもんね。本当によかったね」


 押し除けられたダガンさんがしみじみというが、元凶はこの人だ。ぜーんぶこの人のせい。諸悪の根源この人。サーラさん気絶させてたし。


「……ダガンさん。奥さん大事にしてあげてください。今回私を拉致したの、あなたの奥さんです」


「?!エシュヌンナじゃなかったの?!」


 ダガンさんが目を丸くする。簡単に経緯を説明する。


「……そうか。ベレトがノアちゃんを …………うわ〜」


「うわ〜。じゃないですよ。私殺されかけたんですよ?!」


「……ベレトってさ、由緒正しいアッシュル王家の王女なんだけど、すぐ怪しい儀礼をやりたがるし、やたら生贄捧げたがるし、ほんと怖いんだよね。政略結婚で仕方なく夫婦になったけどさ。プライド高いし、俺あの人苦手〜〜」


 ダガンさんは驚きつつも呑気にそんなことを抜かしている。これ以上犠牲者を出す前にあの黒魔術師どうにかしてほしい。


「……とりあえず夫婦でよく話し合ってください」


「いやぁ、うーん……会いたくないなぁ……ていうかいつのまにクタに行ってたんだろう……」


「…………」


 ベレトさんはたぶん、この人とはさっさと離婚したほうがいい。


 そんなことを思いふと下を見ると、今にも暴れ出しそうな獣が1匹、ガルルとこちらを睨みあげていた。


「ノアァァ……」


 唸る陛下。その引き攣る口元、眉。いろいろ必死に我慢してくれているのだろう。


「あ……あはは。みんな来ちゃいましたからね」


「…………」

 

 陛下、ごめん。


「……そうだ、とにかくマリとエシュヌンナの話をしてください!」


「マリ? なんでマリ?」


 ダガンさんが首をかしげる。

 

 ――相変わらず離したがらない陛下をなだめ、寝台に正座する。運び屋おじさんから聞いた話を伝えると、そばに座ったダガンさんとサーラさん、寝台のそばに立つムトもアウェルさんも眉をひそめた。

  

「……マリとエシュヌンナが組んだって、そんな話……信用できるかな? ディタナ王子を殺害? そんな馬鹿げたことするかな? だって今このバビル軍の中には、マリから派遣されてきた兵もいるんでしょ。仲間を危険に晒すようなことするかねぇ。それに、ただの運び屋の話だよね?」


 ダガンさんはその情報は持っていなかったようだ。腕を組み、険しい顔をする。


「少なくともライルは信用していました。だから援軍を頼みに行ったんです」


 そう答えると、陛下は深く頷いた。


「ライルがそう考えるなら間違いない。すぐに兵を整えるぞ」


 陛下のライルへの信頼は厚い。

 

 やっと体に力が入るようになったのか、陛下はゆっくり身を起こす。いつのまにか陛下は王の顔に戻っていた。


 サーラさんは琥珀色の目を暗く澱ませる。

 

「まさか……ディタナ王子が……。ディタナ王子は私の家系とそう遠くなくて……。それにしてもあの運び屋、そんなことまでしていたんですね。王子の遺体をどこへ運んだのでしょう……」

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