クイズラビオネア ②
「あ。やべ」
「やべ??」
隊長が渋い顔に合わない間抜けな声を出し、
「やべ!!!」
グルンと体をターンさせ、外に向かって走り出した。
「た、隊長?! どうしたんですか!やべってなに!!」
慌ててシャム君と追いかけると、隊長は走りながら声を上げた。
「……先ほど、陛下のお部屋に女が向かったのです!ノア様かと思い、お通ししてしまった!」
「うそ?! それ絶対曲者じゃないですか!」
「お二人の時間を邪魔してはならないと警備の者も外してしまったし、なによりあの女にアレを渡してしまいました!」
「アレ?!」
「イルタニ様からお預かりした特殊な媚薬です! 性欲が高まる代わりに体に力が入らなくなります。隙を見てノア様に飲ませるよう、イルタニ様からこっそり預かりました! ……私から飲ませるのは気が引けていたところ、女が自ら飲もうと言うので渡してしまいました……もし女があれを……あれを陛下に飲ませていたら!」
「ちょ…………!!」
色々言いたいことはあるが、とにかく今は!
「陛下が危ない!!」
すでに体力ギリギリの私はシャム君に力強く引っ張られ、なんとか隊長についていく。
建物に入り、暗い廊下を駆け抜けて、その部屋の戸が見えてきて――
「陛下!!」
隊長と一緒に、戸を勢いよくあけた。
部屋に入った私たちが、まず目にしたものは――
寝台の上に寝転び、白目を剥き口から泡を吹いている――上半身裸、胸が丸出しの女だった。
そしてラビ陛下は――その隣で、ぐったり仰向けに寝転がっていた。
「陛下!!」
隊長が陛下のもとに駆け寄る。
陛下がゆっくり手を上げる。怪我は……していなさそうだ。
……よかった!生きてる!
「陛下、いったい何が?!」
呼吸を整えながら声をかける隊長を、陛下がゆっくり見上げる。シャム君の後ろの私には気づいていない。陛下は弱々しい声で隊長に話しかける。
「……この女が急に服を脱ぎ、押し倒してきて……何かを飲まされた。もちろんすぐに吐いたが……薬のせいか、体に力が入らない……」
……陛下がぐったりしているのは、イルタニさんの薬を飲まされたせいか。
女が気絶しているのは……首元が赤くなっているから……きっと陛下の首締めのせいだ。体の力が奪われる薬を飲んでもなお、陛下の首締め衝動は止まらなかったのか。
「…………ダメだ。ノア以外の女が近づくと……相変わらずダメだ。体が勝手に首を絞めてしまう」
「今回ばかりは良かったです」
隊長が答える。外の警備兵に医師を呼ぶよう、指示を出す。
陛下はぐったりと天井を見上げ、呟く。
「……ノア……」
ドキリとして、なんとなくシャム君の後ろにぴったり隠れてしまった。
シャム君が、どうしたの?という目を向けてくる。しーっと唇に指を当てる。
陛下は苦しげに、目を閉じる。
「……ノアは無事だろうか。エシュヌンナで酷い目にあってないだろうか。神からの贈り物を無碍に扱う奴らではないと信じたいが……。奴らから交渉の使徒は来てないか?」
「はい、まだ……です」
陛下は額の上で拳を握り締めた。
「……絶対に……取り返す。早く会いたい。ノアに会いたい」
その言葉に、シャム君の後ろ、ひとり胸を跳ね上がらせた。
私も陛下に会いたかった。
「……陛下…………そちらに」
そう言いながら、隊長がチラッとこちらを振り返る。
ニヤつきそうなのを必死に我慢して、シャム君の背中からひょっこり顔を出す。
「…………?」
陛下は少し顔をあげ、訝しげな顔をして私を見て、
それから目を丸くして口を開いた。
「…………まさか、ノアか?」
その言葉に、頬が緩んだ。
「はい……! ノアです。さすが陛下です! 髪切ってもわかってくれた!」
嬉しさのあまり、寝転ぶ陛下の広い胸板に飛び込んだ。
「お、おい! 今は……!……」
「陛下ぁ〜!」
陛下も隊長も戸惑っているが、今はどうか許してほしい。
つやつやのこのお肌、この香り、この温度。
心臓の音。
あーーー陛下! やっと陛下のところに帰ってこれたんだ!
「……ノア……」
そう嬉しそうに囁いて、陛下は背中に腕をギュッと回してくる。
そしてゆっくり背中を、首を頭を撫でられて、安心感に包まれる。
安心。そう、陛下の腕の中は、いつの間にか安心できる場所になっていた。かつて首を絞められたことが嘘のようだ。
「……陛下、やはりこの女、短刀を仕込んでいます。曲者です……誰の差金か……」
隣で女の人が気絶しているのをすっかり忘れていた。隊長がその人の服を調べていた。
「……連れてけ。目が覚めたら尋問しろ」
「御意」
隊長は一礼し、女の人を軽々担ぎ上げ、スタスタ部屋を出て行った。入れ替わりで警備の兵達が戸口にやってきた。
陛下は短くなった髪を指で優しく梳きながら、低い声で話し出す。
「……ノア、よく自力で帰ったな。色々聞きたいことはあるが……まず、この男は誰だ?」
上半身を起こして振り返ると、シャム君はいつの間にか寝台のすぐそばで、顔をぐるぐると覆ったの布の間から目を細めてこちらを見ていた。
「あ、こちらはシャム君です。凄腕の運び屋さん! 私をここまで連れてきてくれたんです。……シャム君、任務完了です。運んでくれてありがとう」
「礼を言う。褒美をだす」
シャム君は何も答えず、私を見て、陛下を見た。そしてすぐにくるっとターンして、部屋の外へ出て行った。
……運んだら、去る。とてもクールな去り際だった。
「……なんだあいつは」
「彼、喋るのが苦手なんです。とてもいい人なので怒らないでくださいね。それに、すでに運び代はライルが支払ってます。話すと長くなるんですけど……って、ライル、そうだ、なによりもまず陛下にお伝えしなきゃいけないことがあるんでした!」
「なんだ?」
「陛下、大変です。マリがエシュヌンナと組みました! すでにマリ軍はこちらに向かって密かに進軍しているようです! ライルはマシュカンなんとかに援軍を頼みにいきました!」
陛下は眉間に皺を寄せる。
「どういうことだ? ノア、詳しく話してくれ」
「はい!……」
……クタに連れて行かれた経緯、そこでライルが助けてくれたこと、2人でおじさんから聞いた話を陛下に伝える。
陛下は真剣に聞き、そしてすぐに警備の兵に指示を出した。
「みなをここに集めろ。すぐに軍議だ」
兵達がパッと方々に散った。
ーーよかった。陛下に伝えられた。これでひとまず私の任務は完了だ。肩の力が抜ける。
ライルも……大丈夫だろうか。
早くラルサの軍を連れてきて、あのいつもの余裕たっぷりの顔を見せてほしい。
そんなことを思っていると、陛下が。
「……まさかダガンの妻のせいだったとはな……ところでノア……」
「ん?」
陛下が腰を、両手でグッと掴んできた。
よく見たら私は寝転ぶ陛下の上に馬乗りになっている状態で……
「軍議の前に……これをどうにかしないと困るんだが……」
腰を掴み、押しつけるように揺らしながら、たいへん色っぽく仰る陛下。
何かをこらえているような、目の奥がメラメラ燃えているような、そんなお顔をしていらっしゃる。
陛下がオスの顔になっている。
「……そういえば媚薬飲んじゃってましたもんね……」
陛下の右手が体のラインを拾うように、腰からゆっくり上がってきて、唇に到着し、それを親指でフニフニしはじめる。
医師が部屋に入ろうとしたが、陛下にしっしと追い払われた。
「体は重いが、そこだけは昂りが止まらない。でも胴体がうまく動かない……困ってるんだ」
「それは……困りましたねぇ……」




