会えない
2頭の血糸馬はエシュヌンナへ向かい走り続ける。
道中、賊と遭遇した。おじさんの話術で難なく切り抜けたが、女の格好のままだったら厄介なことにになっていただろう。日本の治安の良さを改めて感じる。というか、普通に男として通る自分に軽くショックを受ける。
だが夜も馬を走らせた(シャム君にもたれかかって寝てた)甲斐があり、おじさんの読み通り、次の日の夕刻には国境近くの都市・トゥトゥブについた。道中、マリ軍の姿はまだ見えなかった。
到着した中規模のこの都市、もともとエシュヌンナの支配下にあったが、つい昨日陛下率いるバビル軍が占拠したらしい。来る途中にすれ違った商人から聞いた。
つまり、バビルがエシュヌンナ領土内へ侵攻したのだ。
陛下と別れて数日の間に事態は大きく動き出していた。
でもこれで……やっと陛下に会える!
やっと陛下に伝えられる!
再び顔を布で覆ったおじさんとシャム君と町に入り、陛下がいると思われる大きな建物へ向かう。だがそこで問題が発生。
「……お前達、ここの住人じゃないな? バビル軍の人間でもないな。この先は通せない。帰れ」
バビル軍の鉄壁の防御が行く手を阻んだのだ。
「あの!私バビルの人間です。私、『神からの贈り物』のノアです!陛下に至急、伝えないといけないことがあります。通してください!」
なのにバビル兵達はますます怪しんでくる。
「ノア様は女だ!」
「これでも私女です!声が女でしょ!」
「ノア様は茶色の長い豊かな髪をおもちのはずだ」
「切ったんです!……ほら、この顔立ち、ここら辺じゃ珍しいでしょ?!神からの贈り物ですよ!」
「ふざけるな!お前のような女々しい男がノア様を名乗るとは……恥を知れ!」
「な!……じゃあ陛下を呼んでください。私に会えば陛下ならわかるはずです!」
「陛下を連れてこいだと?!若造、無礼にもほどがある!」
今にも斬りかかってきそうなバビル兵達。
シャム君が前に割って入る。
「ノ、ア、……サガ、テ」
「だめ、シャム君、この人たちも貴重なバビルの兵力なの」
「…………」
「貴様ら……何者だ」
バビル兵が怖い顔をする。これは通してくれる気配がない。でもなんとしてでも陛下に早く伝えたいのだ。
「せ、せめて陛下にご伝言を!……マリが裏切ったのです。マリがエシュヌンナと組みました!バビル軍の背後をとりにすぐにやってきます!」
バビルの兵達は目をキョトンとさせ、一瞬沈黙。
それから爆発したように笑い出した。
「マリ?! あのマリが?!そんなわけないだろ、マリとバビルは同盟軍、この軍にも一部マリから派遣された兵がきてるんだぜ!攻めてくるわけないだろ!」
「じゃあ一度調べてみてよ!とにかく陛下に伝えて欲しいの!」
「そんなバカな話誰かが信じるか!」
て、手強い。全く信じてもらえていない。
どうしよう。もうすぐそこにいるはずの陛下が、とっても遠い存在に感じる。そういえばあの人王様だった。本来、ただの平民は言葉を交わすことすらできない、この世で最も高貴な人の1人だったのだ。
……どうすればこのバビル兵達に信じてもらえるだろうか、王に会わせてくれるだろか。
ぐぬぬ……と悩んでいると、隣で黙っていたおじさんが小声で囁いてきた。
「……姉ちゃん。俺たちの仕事は『確実に姉ちゃんを陛下に手渡すこと』。邪魔者は排除する方向でやらせてもらうぜ。……シャム、やれ」
おじさんの声に、シャム君がボクシングみたいな構えをとる。
バビル兵達もすぐさま剣を手に取った。
そしてシャム君が一歩踏み込んで――
「あ!シャム君待って!!」
シャム君の背後から抱きついた。シャム君の動きがピタリと停止した。
「……なんだよ、女々しい小僧だな!」
「姉ちゃん、こいつらより任務の遂行が優先だろ!」
バビル兵とおじさんが声を荒げる。
……それはわかってる、でも他に方法があるはずだ!
「じゃ、じゃあ! 陛下つきの女官であるサーラさんを呼んでください!」
「サーラ様は今はご不在だ」
「ならムト将軍を!ムト将軍なら私がノアだとわかるはずです!ムト将軍は陛下のそばにいるでしょ?」
するとバビル兵達の後ろから、一際渋い声が答えた。
「将軍に何の用だ。……これは何の騒ぎだ」
現れたのは……見るからに強そうな、筋骨隆々の男。彫りの深い顔に壮年の風格漂うダンディな人。漂う歴戦の戦士感。
バビル兵達が振り返り、その男に向かい、ハッ!と敬礼のポーズをとる。
「隊長!……ご報告します。この女々しい男が、自分はノア様だと主張しております!」
「なんだと?」
隊長、と呼ばれた男が睨んでくる。
怖い!
……だが、その顔には見覚えがあった。
たしか、ラルサからバビルに向かう時ムトと一緒にいた人だ。つまり、ムトの部下だ!!
この人はあの旅路の時、陛下を守るためそばに居た。挨拶もした。だから私の顔がわかるはず。
シャム君から離れ、隊長の前に歩み寄る。
「隊長!ご無沙汰しています。私です、ノアです! 髪を切って男装をしていますが、ノアです!」
「…………」
だが、隊長はますます眉をひそめる。これは……嫌な予感がする。だめだ、この人に追い返されたら、平和的な突破ができなくなってしまう!
「隊長……どうか思い出してください!」
隊長が、口を開く。
「……ノア様は……こんなお顔ではなかったはずだ。女々しい小僧め。貴様何者だ」
「全然思い出してくれなかった!!」
将軍も疑い深かったけど、この隊長も相当疑い深い。あの上司にこの部下である。もうやだこの軍隊!!
「姉ちゃん……諦めてな。俺たちはプロフェッショナル、なんとしてでもここを突破して、仕事をコンプリートさせてもらうぜ」
おじさんは自分は何にもしないくせに、やたらカッコつけて言ってくる。
シャム君が再び戦闘モードになる。だめだ、ここでシャム君が隊長を怪我させてしまったら……バビル軍には大きな痛手だ。
「おじさん待って!……隊長、どうか私の話を聞いてください!」
「ノア様の名を語る不届きものめ、消えろ」
隊長達が剣を構える。
シャム君が殺気を放つ。
「……私、本当にノアなんです!ダガン王に拉致られて、そのあと色々あって、やっと陛下の元に戻ってきたんです!……どうすれば私がノアだと信じてくれますか?!……『神からの贈り物』とはいえ、ノアも人間。見た目が変わることはあるはずです。男の格好をしているからといってノアではないと判断するのは、いささか短絡的ではありませんか? もし私が本当のノアであったら、私を追い出したこと、あなたはどう責任を取るのですか?!」
隊長は私を睨みつけたまましばし沈黙した。
そして剣先をゆっくり下ろした。
「……確かにそうだな……。きちんと精査する必要がある。仮にもし、お前が本物のノア様であれば……陛下のお考えをよくご存知のはずだ」
「はい、陛下のことはよく知っています!たぶん!」
「ならば……これから俺が出す陛下クイズを解いてみせろ。正答すれば陛下に会わせてやる」
「そんな遊んでる場合じゃないんだってば!!」




