信じてくれないムト将軍
――中川、あの資料、よくできてたぞ。
「係長!ありがとうございます!すっごく大変だったんですが、なんとか完成させました!」
――よく頑張ったな。でもどうした、無断欠勤なんて。中川らしくない。
「……本当にすみません。実は、その……気づいたら古代のアラビアンな世界にいて、出会って数秒の王様にプロポーズされて、行く当てもないから断れず……でもその王様、実はとんでもない男で!首を絞められたんです……!……信じて……もらえないかもしれませんが……」
――そんなことが……?!いや、日頃から真面目な中川のことだ。俺は信じるよ。大変だったな……。ひとりで心細かっただろ。辛かったな。そばに居てやれなくて悪かったな……。
「……うぅ……係長……」
――中川はまず、その世界で無事生き抜くことを考えろ。こっちの仕事は任せてくれ。中川、ちゃんと生き抜くんだぞ。
「……係長……!」
――諦めるな!中川、正義の国で待ってるぞ!
「係長ーーーッッ!!!」
◇◇◇
「…………カカリチョー?」
気づいたら、朝。すぐそばには相変わらず疑惑の目を向けてくるムト将軍が立っている。私は寝台の上に座り、ぜぇぜぇ息をしていた。
あぁ、係長。
夢じゃなかったです。
「ノア様、おはようございま……ムト将軍? あらやだ、だめですよ!レディの寝室に勝手に入られては!」
サーラさんが慌てて入ってきて、ムト将軍を引きずり出そうとする。
「ノア様のお辛そうな声が聞こえたもので、心配で」
ムト将軍はそう答えるけれど、心配してそうな顔では全くない。
「……夢を見ていました。寝言大きくてすみません」
ひとまずぺこりと頭を下げると、ムト将軍はジロリと私を見て部屋を出て行った。
それから朝の支度をさせられて、部屋で朝食を頂いた。もちろん、陛下は抜き。
時間が経つにつれ、昨晩のショックはだんだん怒りにかわってきていた。まったく、プロポーズした相手の首を絞めるとは何事だ。そんなDV野郎と結婚なんてしたくない。実家に帰らせていただきたい!
……とはいえ帰る実家はもちろんないし、相手は征服大好き(?)バビル王。下手なことをすれば消されかねないので、ひとまず大人しくして打開策を練ろうと思う。
朝食後、そんな陛下と廊下ですれ違った。思わず身をこわばらせたが、陛下は愛おしそうに私の髪を撫で、「昨晩はお前がいなくて寂しかった。でもお前がよく寝れるのが何より大事だ。……今日も綺麗だな、ノア」と言って、優しく微笑んだ。
怖。
二重人格??
◇◇◇
そんな陛下はなにやら打ち合わせがあるらしく、サーラさんや女官さんたちも何か急な用事ができたらしく、私は自由時間をもらうことになった。王宮の中は好きに歩いていいと許可を得たので、情報収集と首絞め対策のヒントを得るため探検に向かう。ラルサ王が見せしめにされている中庭の方は怖いから行かない。
「……あの方が神の贈り物よ。ラビ陛下が神殿に登ったら、突然光に包まれて現れたんだって」
「やっぱり陛下は神に愛されているのね」
「もう早速、陛下とは深い愛で結ばれたんですって!……素敵ね」
そんな声がチラホラ聞こえてきた。バビル王の寝室事情はあっという間に外に伝わるのか。ついでに首絞め癖があることも広がってしまえなんて思ったりもしたが、私は長女なので我慢する。
王宮内ではラルサ王に仕えていた使用人たちが一部そのまま仕事を続けていた。運営会社が変わっても現場で働く人は引き続き雇用される……日本にもそんな制度があったなと思いだす。
「わたしゃ働ければ王様が誰であってもいいけどね。でも炊事リーダーはラルサ王を信奉していたからねぇ。バビル兵に連れて行かれたよ。どこに行っちまったのかねぇ。まぁ帰っては来ないよねぇ」
聞き回っていると、そんなおっかない話も聞こえてきた。
人々の様子を見ていると、どうもこの古代らしき世界では「神」が非常に重視されている。戦争をするにも、祝い事をするにも、人を呪うのにも何をするにも神のお伺いを立て、神に感謝する。自称・無宗教の私から見ると滑稽なほどに、人々は神の存在を信じている。
その神から愛されること……それが王が王であるための必須条件となる。神に愛されない王に価値はない。
だから王は神からの愛の証を欲する。なんらかの形で「神からの贈り物」が現れることを切望する。
……突如神殿の頂上にまばゆい光と共に現れたA○KIのスーツを着た女は、「神からの贈り物」とみなされた。その女を娶ることは王が神に愛されていると、その王権が正統であると、これ以上ないほどわかりやすく人々にアピールする手段だと、ラビ陛下は判断したのだろう。
――俺は『神から贈られた女を妻にした』という事実だけあればいい――
昨晩のあの言葉、きっとそういう意味だ。
出会って数秒でプロポーズされた理由がわかった気がした。
でもだとすると、なおさら昨晩の首絞め行動はわからない。人前では大事にするものの、神からの贈り物を痛めつけるなんて陛下は何を考えている?
……いや、考えていないのかもしれない。首を絞めてきた時の陛下は無表情で、どこか魂が抜けたようで、突然意識が戻ったように首を解放した。あれは意図的な行動ではないのかもしれない。まるでとりつかれていたかのような……
……どういうことなのだ。真相を調べなくては。
私の楽しい第二の人生のために!!
◇◇◇
昼食をとり再び探検していると、奥まった場所に人気のない部屋を見つけた。そこには粘土板に謎の文字が刻まれたものがズラリと、大量に並べられていた。
それをひとつ拝借し、じっくり眺めてみる。もちろんこんな文字初めましてだし、読み方も何も全くわからない。……なのに、なのに、不思議なことに――
「…………読める!読めるぞ!!」
なぜか意味がわかる!これはありがたい!
手にとった粘土板はどうやら他国からの手紙らしかった。兵を送ってほしいとか、同盟関係はまだ続いてるよねという確認だとか、そんなことが書いてあった。いわゆる外交文書だろう。
「このお手紙の相手は……マリ王国? 聞いたことないなぁ」
そう呟いた瞬間。
首元にヒンヤリとしたものが当てられた。
「動くな」
背後から聞き覚えのある、低い声。
目線だけ動かすと、どうやら私の首に剣が当てられている。内臓がキュッと引き締まるような感覚に襲われ、早まる心臓の鼓動がやたら耳に響く。
「……ムト将軍……ですか?」
「そうだ。お前はここで何を?」
「王宮を探検していたら……たまたまこの部屋を見つけて……」
「たまたま?……それにしても字まで読めるのか。随分訓練されたスパイだな。誰がお前を送り込んできた?」
「スパイ?!私が?!」
ありもしない疑惑に思わず振り返ろうとすると、首に当てられた剣の圧が強まった。
「見苦しい演技はよせ。……どういうカラクリかは知らないが、神からの贈り物を演出し、陛下に接近できるよう仕組んだんだろ。それで? 陛下の暗殺でも企んでいるのか?」
「と……とんでもないです。私、そんなこと、」
「お前どこの出身だ? 陛下は『ソームカ』と仰っていたが、調べさせたらそんな町は存在しなかった」
「総務課は地名じゃなくて部署名です!所属名!軍隊でもなんとか部隊っていうでしょ? そういうのです!」
「……お前、軍の人間か? どこの軍だ? 今朝大声で叫んでいた『カカリチョー』はなんだ。軍の暗号か?」
「ちがう!係長は私の上司の役職!……あぁもう、一旦この剣下ろしてください!ちゃんと話すから!」
「…………」
観念してくれたのか、ゆっくり冷たい刃物が首を離れた。
息を吐きぐるんと振り返る。怪訝そうなムト将軍と対峙する。改めて見るとこの人も相当美形だ。……とはいえ、いきなり首斬り脅しはいただけない!
生命の危機に何度もさらされた恐怖のせいなのか、理不尽な疑いをかけられた怒りのせいなのか。感情が溢れ出して、目の前のこの無駄に整った顔をした男にぶつけたくなってくる。
「……ムト将軍が私を疑うのも無理はありません。私はここの皆さんと外見もだいぶ違うし、絶妙なタイミングで陛下と遭遇しちゃったし、怪しい人間に見えるだろうなとは思います。でも……でもね……!急にこんな……刃物押し付けてくるなんて危ないじゃないですか!怖いし!……もう!みんな私の首を狙ってきてさぁ!普通ダメでしょう!危ないでしょう!安全第一でしょ!!」
「まーったくだ。その嬢ちゃんを傷つけられちゃあ困るんだよな」
部屋の入口から知らない声がして、ムト将軍と二人ぐるりと振り返った。
声の主は、魔法使いのような白いローブに身を包み、腕を組み、ゆったりと柱にもたれかかっていた。ここでは珍しい色白な肌、青みがかった長い髪、垂れ目がとっても色っぽい……ムト将軍と同い年くらい?……これまたたいへん美形なお方が、漫画みたいな登場をキめていた。
「……ライル。神官のアンタがなぜここに?」
「別にいーだろ。嬢ちゃんが心配で様子を見にきたんだよ。そしたら堅物将軍様が責めたててるからよ。まったく可哀想に。……なぁ嬢ちゃん」
嬢ちゃんなんて呼ばれるような歳ではないけれど、なんとなく味方っぽいライルさんの登場に肩の力が少し抜けた。
ムト将軍は剣を下ろし、ライルさんを睨む。
「なぜアンタがこの女を心配する?」
「そりゃあ心配するだろ。その嬢ちゃんは俺が命をかけて召喚した女なんだぜ」
「えっ? 召喚?」
ニヤリと微笑むライルさんの言葉に、私の胸は跳ね上がる。
「そ。ようこそこの世界へ。かわいい嬢ちゃん」