チートな人たち
ライルが出発したのを見送った途端。
目をギラリと光らせたおじさんに手首を掴まれ引っ張られ、あっという間に路地裏に引き込まれた。
「ちょっ、おじさん、なに?!」
「悪く思うなよ、姉ちゃん」
「なんなの?!」
そして壁に向け両手をつかされて――
「……姉ちゃんしっかり前見てな。動くと痛い思いするぜ。大丈夫だ、コイツは上手いからな……一瞬で終わるからな」
ライルがいなくなった途端コレだ!
「ちょっと!やだよ、何しようとしてるの!」
「シャム、やれ!」
おじさんの声に、息子が――
シュパッ!
「キャッ!!」
――風を切る音。
思わず閉じた目を開けビクビクゆっくり振り返ると、茶色い髪の束が地面にバラっと散らばった。
「…………え? 私の髪? 切ったの?」
首がスースーする。そこにあるはずの髪がない。
息子くんが短剣を服の下にしまった。
「そう。女連れは目立つから男装な。はい、このベルトと腰布巻いて……うん、いいじゃんいいじゃん。カッコいいよ!姉ちゃんスレンダーだからな、男装似合ってるよ!」
「いや……髪切るって先に言ってよ……」
おじさんが満足げな顔をしているが、こちらはまだ心臓がバクバクしている。殺されるかと思った。
通りに置いてあった水瓶を覗き込むと、そこには中性的な男……っぽいような女のような男……?が、映っている。
ここ数年、髪の毛はずっと胸下の長さをキープしていたから、なんだか自分じゃないみたいだ。
ロングヘアーが
似あうねと係長が言ったけど
さよなら 今日はショート記念日
――中川乃愛、心の一句。
ということで久しぶりのショートヘア。顎の長さで綺麗に切り揃えられた、毛先をふわふわ持ち上げてみる。かなり軽くなった。
それにしても一振りでこんなに綺麗に切れるとは、この息子くん只者ではない。運び屋からカリスマ美容師に転職した方がいいのではないか。
「……息子さん髪切るの上手だね。お名前、シャムって言うんだね」
「そ!シャマシュ神にあやかって、こいつの口でも発音しやすいように名付けたんだ。いい名前だろ? シャム。可愛いだろ?」
「うん、かわいい。シャム君、よろしくね」
挨拶をすると、シャム君は振り向きこっくり頷いた。そして散らばった髪に目をやった。
「……ん? なにかあった?」
相変わらず顔に布を巻いているが、そこからのぞくシャム君の目は寂し気だ。
シャム君は落ちた髪を指さして、布の下で口をもぐもぐ動かした。
「……カ、ミ……キ、レ……ダッ、」
「あー、姉ちゃんの髪が綺麗だったから、短くなっちまって残念だ、とはいえ女連れはなにかと面倒、かと言ってこの姉ちゃんは袋に入れたり馬にくくりつけるとすぐ吐くからな、運ぶのも手間がかかって大変だぜ、って、シャムはそんなこと言ってる」
おじさん通訳。
プラスアルファで余計なものまでついている気がする。
シャム君がおじさんを睨み出す。
「……はいはい。どうせ私は吐きますよ」
「チ、ガ!」
「うん、わかってるよ。シャム君、私の髪なんかを惜しんでくれてありがとう。でもシャムくんが綺麗に切ってくれたから、このショートヘアも早速気に入ったよ!」
「…………ヨ、カ」
「良かった良かった、嬢ちゃんは男装がよくハマるな、なかなかイケメンになったじゃねえか、まぁ俺の方が若くてハンサムだけどな、って言ってる。シャムは今年で19になるんだ」
「おじさんうるさい」
シャム君はまた、おじさんを睨んでいる。
◇◇◇
私はシャム君と同じ馬に乗ることになった。私が前で、シャム君が後ろ。シャム君はおじさんとは真逆で、素直な好青年という感じがする。背中を預けられる安心感があった。
それにしてもこの体勢は……この世界に来たばかりの頃、陛下と共に馬に乗ったバビルへの旅路を思い出す。考えてみれば、あれからもう3ヶ月近く経っている。
陛下……
早く陛下のもとへ行かなくちゃ。ライルが援軍を連れてくるまでなんとか耐え凌げるよう、早くマリの裏切りを伝えなくちゃ。
手綱を握る手に、力を込める。
ーー道中、馬をビシバシ走らせながらも、おじさんは無駄に声を張り上げて相変わらずひとりで喋り倒していた。よく疲れないものだ。声帯どうなってんだ。それをラジオ感覚で聞き流し、ついこの前連行されてきた方向へ戻る。
時々木陰で休む。馬を降り、3人地面に腰掛ける。
「ふぅ……姉ちゃん、この調子で夜も飛ばしていけば明日の夜には国境近くに着くぞ」
「マリ軍が来る前に間に合うかな」
「なんとか先に行けそうだな。俺たちの愛馬が頑張ってくれてるから」
おじさんが草を食んでいる馬をなでる。
それにしてもこの馬は……
「……気になってたんだけどさ、この馬……なんかすごく速くない?」
馬に詳しくない私でもわかる。クタに運ばれてる時も思ったけど、なんかこの馬、本気出すとちょー速い。見た目は普通の馬だが他の馬より絶対速い。1人で乗ってたら振り落とされていたと思う。
おじさんがニヤリとする。
「お、姉ちゃんやっと気づいた? しょうがねぇ。姉ちゃんとは腐れ縁があるからな、特別に教えてやるよ。
この馬はな……『血糸馬』っつっていう、とにかく速い馬なんだ。全速力で走る時にはな、糸みたいに繊細な毛が血みたいに赤くなるっていう、そりゃあ珍しい馬なんだよ」
「……赤兎馬のパチモンみたいなもんかな……」
※「三国志」に出てくるチート級に強い馬
「血糸馬は俺たちの重要な商売道具だ。他言不要で頼むぜ!」
「わかったよ。……なるほどね。このチートな馬と武芸の達人がいるからおじさん達は上手くやっていけてるんだね」
うむうむ、頷きながら横のシャム君を見る。シャム君は水分補給のため、顔を覆っていた布を外していた。
そして、露わになったそのお顔に衝撃を受ける。
なんとその布の下には……とてもおじさんの息子とは思えない、美しいお顔が隠されていたのだ!
息を呑む。思わず大きな声が出る。
「しゃーーー!?シャム君!?」
シャム君が驚き振り返る。
小麦色の肌、大きな黒い瞳、無駄なく配置された各パーツ。……この世界に来て数々のイケメン達と遭遇してきたが、まだこんな逸材が出てくるのかと驚きを禁じえない。
黒豹陛下・白狼神官・虎将軍たちバビルの猛禽類イケメンらとはちょっと違い、まだ少年らしいあどけなさが色濃く残るシャム君。その一方で、どこか高貴な雰囲気を醸し出すお顔。
これは…………推せる!!
「そーだろ、俺の息子イケメンだろ?」
誇らしげなおじさん。本当に2人は親子だろうか。見比べてみると全然似てない。
「いやぁ、びっくりした。こんな国宝級イケメン……なんでシッパルに拉致られた時は気づかなかったんだろう」
シャム君は分かりやすく照れて、目をあっちへこっちへ泳がせる。それを見ながらおじさんは、楽しそうに頬杖をつく。
「あー、あれは上の子。うち子沢山だからさ。……そうだ、姉ちゃんどう? こいつの嫁に来ない? なかなかおすすめの物件だと思うんだけど」
シャム君が顔を真っ赤にしておじさんの足を蹴った。
おじさんが結構本気で痛がっている。
「おじさん大丈夫?…………いやぁ、シャム君はすっごく素敵なんだけど、私一応陛下の女だからさぁ」
「…………だってよ、シャム。残念だったな」
「…………」
シャム君はムスッとして立ち上がり、なぜかそばにあった巨大なナツメヤシの木の幹をコツンとパンチした。
その巨大なヤシはバキッと折れて、ゆっくりメシメシ大きな音を立て、倒れて砂塵を巻き上げた。
「…………どう? 俺の息子はまじの武術の達人なんだよ」
「いやチートすぎる……」




