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一生の思い出

 ライルはすでに出発の準備をしてくれていた。涙を拭い、食料をまとめた包みを持ち、あとは移動手段・馬を店に取りに行くだけ。


 神殿からの追手に警戒しながら、ライルと市場を歩いているその時、()()を見つけた。


「……あ。ライル、私ちょっと文句言ってくる」


「どした? ……お、おい嬢ちゃん」


 目標物に向かい、人を掻き分けズンズン進む。

 

 ベンチに腰掛け休憩している二人組の男。その背後から近づき、間からズイッと顔を出す。


「おじさんたち、さっきぶり」


「うぉっ?!……ね、姉ちゃん?!」


 ちょび髭運び屋おじさんはわかりやすく驚いて、アワアワし始めた。息子の方は声も出さないしまだ布を顔に巻いているが、多分、相当驚いている。


「い、生きてたのかぁ……」


「生きてました。生きてましたので、私を見捨てたこと、イルタニさんにちゃんと報告させて頂きますから」


「し、仕方ないだろ!俺らはそういう仕事なんだから。……まあでも、よかったじゃん、生きててさ!いやぁ姉ちゃん持ってるね!よ!贈り物!それじゃあな!」


 さっさとずらかろうとするおじさんの後ろにヌッと高い影が現れ、おじさんは恐る恐る振り返る。


「ひえっ」


「お前ら……嬢ちゃんをここに連れてきた運び屋か」


 腕を組み、おじさんを氷のような目で見下ろすライル。私でも怖い。小さいおじさんが震え上がる。

 

「あ、いや、そ、そうですが……」


 そのおじさんの肩を、息子が後ろからポン、と叩いた。俺に任せろ、とでも言わんばかりの目つき。どうやらライルとやる気満々らしい。

 

 ……ここで目立つのは危険だ。ケンカは止めなくちゃ!


 と、思ったら。


「お前らに運びの頼みがある。金ならある」


「へい?!」


 ライルのまさかのお仕事依頼に、おじさんと一緒に変な声が出た。


 ライルは懐からジャラジャラ音の鳴る袋を出し、おじさんに手渡した。おじさんのつぶらな目が輝いた。


「旦那!こ、これはなかなか重みがある」


「運び屋、それで俺たちをエシュヌンナに向かってるバビル王のもとへ運んでくれ。神殿で言ってたよな。お前らどんな荷物も絶対に運ぶんだろ?」


 おじさんは困った顔をする。


「え、えぇ。確かに請け負った荷物は絶対に運びますよ。ですがエシュヌンナですか? さすがの俺たちでも今は無理ですよ。おひとりなら運べると思いますが、2人となると守り抜くのは難しい。お受けできません。国境地帯に着く頃にはマリ軍も来ているかもしれないし……」


 その言葉に、ライルが眉をひそめる。


「マリ? なんでマリ軍が出てくる?」


 おじさんは袋の中を覗き見ながら、さらりと答える。


「あぁ、エシュヌンナとマリが手を組んだんですよ。バビルに対抗するためにね。マリの王宮に滞在していたバビルの第一王子も殺されてねぇ。バビルを挟み撃ちにするため、マリ軍が密かにバビル軍の背後を狙っているみたいですよ」


 ライルと2人、目を見合わせた。

 お互い、目に動揺の色が濃く浮かんでいる。


「マリとエシュヌンナが……組んだ?……なんだそれ……それが本当だという証拠は?」


「俺たちが王子の死体を運ん……あ、いけね。これは喋っちゃダメだった!」


 おじさんがパッと口を両手で押さえる。

 おじさんの息子が呆れた目を向ける。


 ライルと2人、沈んだ目線を地面で交差させた。


「……ディタナが……殺された? シャレにならねーぞ……マリのヤツら……」


 ……ディタナ第一王子。サーラさん達が敵視するイルナ王子たちとは違う家系の子。イルナ王子派の野望の目くらましのため第一王子として養子になり、さらにマリ派遣という名目で実質国外追放された……と、以前イルタニさんから聞いていたが……


 それでマリに殺された?


 あまりにも理不尽な人生すぎやしないか。

 

 彼は最後に何を思ったのだろう。

 会ったこともない若い王子を思うと、胸が痛い。


「……王子を殺害だなんて、重大な外交問題だよね?」


 ライルは暗い顔で頷く。


「もちろん。バビルとの同盟を一方的に破棄したのと同じだ。……マリはすっかりバビルを敵に回す準備ができてるんだろうな」

 

 おじさんの息子がブンブン深く頷いた。

 ライルはその息子の様子をしばらく見て、なるほどね。と小さく呟いた。


 なにがなるほどなのかわからないが、とにかくーー


「バビルやばいじゃん……!」


「あぁ、まじでヤバい。マリが来たら……今ラビが率いてる軍だけじゃ耐えきれねぇ」


「うそ?!ど、どうしようライル……!」


 慌てる私の隣で、ライルはあくまで落ち着いて、腕を組む。


「……こっからバビルは近いけど、バビルに残ってる軍だけじゃどう考えても足りねーし……一番確実なのは……ラルサか。南部地域の都市から大量に徴兵して、総督のシンがラルサ軍を再編成してっから」


「よし、じゃあラルサに行って援軍を頼もう!」


「いや、ラルサは遠い。それに早くラビにこのことを伝えねーと。援軍呼んだとしても、何の対策もとらなきゃ到着する前にやられる」


「!」


 何をどうすればいいのか。


 目を泳がせる私の横で、ライルがおじさんを再び睨んだ。おじさんはまた、ヒェッとなる。


「…………おい、運び屋。お前ら請け負った荷物はなんでも絶対、運ぶんだよな?」


「え、えぇ、もちろん、お受けできればの話ですが」


「わかった。じゃあこの嬢ちゃんだけ、エシュヌンナのバビル王ラビの元へ運んでくれ。1人なら守れるだろ? これ、追加の金」


「ま、まぁこの方一人くらいなら…………ってすごい!こんなに入ってる!旦那……一体何者です?!」


「ライル・アッカデ……ただの神官さ」


 無駄にキメ顔をする神官の腕をつかんでゆする。


「ねぇカッコつけてないでさ、私1人なんて嫌だよ、ライルも一緒がいい。このおじさん達、すっごく薄情だもん!」


「薄情じゃない!プロフェッショナルと呼んでくれ」


 こちらも無駄にキメ顔をするちょび髭おじさん。

 

 ライルは指を2本立て、まっすぐこちらを見つめてくる。


「いいか、嬢ちゃん。今俺たちがすべきことは2つ。エシュヌンナに向かってるラビに、マリ軍が背後に迫ってることをいち早く伝えること。それと、兵を増やして軍を組織し直すこと。これはラルサから兵を持ってくるのが一番確実。


 だから俺はラルサ……の手前、ラルサの第二首都だったマシュカン・シャピルに行く。あそこはシン直属の信頼できる部下がいる。この話を伝えて軍を手配させる」

 

「……陛下のいるエシュヌンナとラルサの方面は……逆方向だ。……二手に分かれないといけない、ってことね」


「そうだ。……つーことで、運び屋、お前達はこの嬢ちゃんをバビル王ラビのもとへ届けろ。ラビの手に、確実に届けろ。嬢ちゃんに手を出すな、傷ひとつ残すんじゃねぇ」


「へ、へい。かしこまりました」


「必ず成功させると神に誓えるか?」


「はい。できなかった場合はこの首を冥界の王(ネルガル)に差し上げましょう。それにこの人を運ぶのにはすっかり慣れましたしね」


 確かに、これでもう、おじさん達に運ばれるのは3回目だ。


「それと……」


 ライルがおじさんの息子に体を向け、見据えた。


()()()()()()()()()()()()()()、絶対に成功させろ」


 おじさんの息子は、琥珀色の目をまっすぐライルに向けた。


「……待って、ライルは1人で大丈夫なの?!この息子君をつけてもらうとか……」


 おじさんが首を横に振る。


「悪いけど、俺と息子は2人でひとつだ。息子は喉が潰れてて口がうまくきけねぇ。でも戦闘にはめっぽう強い。俺は口が達者。でも戦闘にはめっぽう弱い」


「それ別におじさんいらなくない??」


「何言ってんの。運びには交渉術がものを言うんだよ」


 わかっとらんな、という顔で腕を組むおじさん。


 ライルはトントン、私の肩をたたく。


「……大丈夫だよ。マシュカン・シャピルなら馬を走らせれば2日もあれば着く。俺1人でも大丈夫。……それより嬢ちゃん、お願いがあるんだけど」


「なに?」


 ライルがふっと、柔らかい顔になる。


 なぜかそれが、妙に落ち着かない気持ちにさせた。


「……ラビに会ったらさ。あいつのこと、『ラビ』って呼んであげてくんね? もうあいつを名前で呼ぶのは俺しかいなくなっちまったからさ」


「陛下を呼び捨て?!畏れ多すぎて呼べないよ……」


「ゆっくりでいいからさ。慣れて」


「う、ううん……」


「あともうひとつ……またアレ、言ってくんね?」


「アレ?」


 ライルが、今度はニッと、イタズラっ子な顔になる。


「『ライル大好き』…………はい。嬢ちゃんに言って欲しいんだよな」


「…………」


 このチャラ男は……こんな時まで遊んでくるのだから……

 

 おじさんは気にせず早速準備に取り掛かり出した。


「な? 嬢ちゃんお願い。俺一人でシンのとこ行かなきゃなんねーの、本当はすげー嫌なんだぜ? あいつに直接会っちゃったらと思うと腹立たしいんだよ。な、景気付けに頼むよ!」


 両手を合わせてお願いのポーズをしてくるライルが妙に可愛く見えて、なぜか自然と体が動いていた。


 つま先を伸ばして、その色白の頬に軽く唇を当てた。その肌はひんやりとしていた。


 そして、すぐに離れた。

 

「……こ、これで許して」


 俯いてそういうと、おねだりしてきた目の前の男はガクンと床にヤンキー座りになってうなだれた。


「ら、ライル……?」


 ライルは顔を上げることなく、答える。


「……へへ。いいな。嬢ちゃんありがとな。一生の思い出になったわ」


「そんな、大袈裟な」

 

「……あ!あともう一つ!」


「まだあるの?!」


「うん」


 ライルが顔を上げた。表情はいつもの余裕のあるライルだが、元から白い肌がいつもより白く、なんなら青白く見えた。唇の色も……限りなく青紫色だ。


 別に寒くもない。穏やかに心地よく晴れ渡る空の下だというのに。ライルの顔には明らかに血の通いが感じられなかった。


「ねぇライル、もしかして具合……」


「ノア」


「な、なに」


 突然の名前呼びに、胸が跳ねる。

 ライルは爽やかな笑みを浮かべて、言う。


「生きろよ!」


「生きるよ!?」


「俺の分までちゃんと生きろよ!」


「縁起でもないこと言わないで!」


 いつもの調子で変なことを言うものだから、こちらの調子が狂う。それなのにライルは変わらずニコニコしてる。


 なんだろう、この胸騒ぎは。なにか、なにか、伝えなくちゃいけないような……


「……ライル、途中で女の子口説いたりしちゃダメだよ。ちゃんとまっすぐ、マシュカン……なんとかに行くんだよ。それで早く援軍連れてきてね!」


 ライルは満足気な顔でうんうん頷いた。そしてゆっくり、立ち上がる。

 

「……りょーかい。任せろ!…………そーだ、粘土粘土……文書作ってかねーと。シンとは直接口聞きたくねーからな」


「シンさんと仲良くしてよ??」

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