マリカ
俺とマリカはさ、もともと北の小国の生まれなんだ。ここの人間と肌の色が違うのもそのせい。で、その国の王はひでーもんでさ。民はいつも飢えに苦しんでたよ。
俺たちはいい家に生まれたけど、子供の頃、両親が王に敵視されて殺された。んで、奴隷として売られそうになったところを2人で逃げ出した。
……雪が降り積もる中を歩いたから、マリカも足を真っ赤にしてさ。おんぶするから背中に乗れ、って何度言っても聞かなくて。『お兄ちゃんは私を子供扱いしすぎ!』って意地張ってさ。あいつ変なところで強情なんだよな……。
でも、俺たちは運がよかった。視察に来ていたバビルの役人に拾われたんだ。これがまぁ、人のいい男でさ。バビルに連れて帰って、俺たちを実の子供のように育ててくれた。
ある日俺とマリカはバビルの王宮に連れていかれた。王はお前達と歳が近いんだ、親交を深めてきなさい、って言われてさ。その王が、ラビ。
……今考えれば、それが俺たちを拾った理由だったんだろうな。俺もマリカも美形だし、どっちかが王に見初められればラッキーとでも思っていたんだろう。まあ、その企みは大正解だ。
俺たちとラビは意気投合、3人でよく遊ぶようになった。
あの頃はすげー楽しかった。神殿に登って遊んだり、占い用の羊やヤギを逃したり勝手に解剖して怒られてさ。……3人でいればなんでもできたし、なんでもできると思ってた。
……ラビはさ、王になるために生まれたようなやつだった。冷静で責任感があって、喧嘩もめっぽう強くて。でもちょっと茶目っ気もある。顔も抜群にいいだろ? 王にピッタリ。
ただ、もったいねーのがさ、あれだけいい男なのに、昔っから女の子には奥手なんだよな。普通もっと側室迎えてるはずだよな?? マジでもったいねぇ。
……とにかく、ラビはいいやつだ。優しい男だよ。もっと力をつけて、国を導くいい王になってくれたらって、俺は子供ながらに思ってた。そのために俺も役人になって、ラビのそばで支えてやりたいと思った。で、一度は役人になった。
いつからかな、ラビとマリカは両片想いってやつになった。早くくっついちまえよってイライラするアレな。まぁそれでもあたたかーく見守ってたらさ、20才になるって頃、ついにラビがプロポーズした。時間かかりすぎなんだよな。
でもやっと、2人は無事に婚約した。
あの頃のマリカは、ドレスはどんなのがいいかしら、なんてしつこく何度も聞いてきて……まーじでうるさかった。女の子ってなんで服決めるのにあんな時間かかるわけ? どうせ脱ぐんだからなんでもいーじゃんな。……あ、痛ぇ!嬢ちゃん痛ぇよ!……あー、あの頃はラビも珍しく浮かれてたな。
2人とも幸せそうだった。
まぁとにかく、これでマリカはこの国でいちばんの女になる。俺は王の義兄になる!一時期はどん底に落とされたけど、バビルでのし上がってやったぜ!
……なんて、浮かれてたらあのクーデターだよ。とんだどんでん返しだよ。マリカは死んで呪われた女になって、ラビはトラウマで女を抱けなくなって……ま、俺は役人から神官になっただけだけどよ。まったく人生何が起こるかわかんねーよな………。
それから先は、さっき話した通り。
……そういやさ、一度ラビに酔った勢いで、なんで俺を神官にしたんだ? って聞いたことがある。だってよ、自分が締め殺した女の兄を、いくら幼なじみだからってそばにいさせるか? 普通気まずいだろ?
そしたらアイツなんて言ったと思う?
寂しかったから、だってさ。
それだけ……あの時のラビは追い詰められてたんだろうな。
その頃すでにラビは何度も戦場に行ってて「死」には慣れていたはずだけど……身近な人間の命を一度に沢山終わらせたからな。自分を殺しにきた兄たちを返り討ちにして、大好きな女を自分の手で締め殺して……
でもアイツは王。落ち込んでる暇なんてない。
そりゃあ、メンタルぶっ壊れるよな。関係ない女の首も絞めちゃうよな。
でもさすがラビ、そんなことがあってもアイツはひねくれることなく王の責務をちゃんと果たしてきた。ムトやらムカつくシンやら有能な部下に恵まれてさ、バビルの国を守ってきたんだ。
頑張ってると思うよ、ラビは。
いい王だよ。
だからせめて、アイツをそばで支えてやれる女を見つけてやりたいと、優しい俺は思ったワケ。
「死者を蘇らせる儀礼」 のこと、ラビには「王妃にピッタリの女を召喚する儀礼」って言って嘘ついたけど、その気持ちは嘘じゃないよ。
んで、俺はその役目を、嬢ちゃんに大いに期待しているわけだけど…………
…………って、嬢ちゃん?
ーー暗い路地裏、二人並んでしゃがみ込んでいる。ライルが心配そうに覗き込んでくる。
いつのまにか私の二つの目からはぽろりぽろりと大河が生まれていた。
「…………うぅっ〜……」
「あー……んな泣くなよなぁ」
泣くのは私ではないのに。泣くべきのは陛下とライルだろうに。大河は流れを止められない。
ライルが背中に腕を回してくる。たくましい肩に首を預ける。ライルが頭を、優しく優しく撫でてくる。
でもその手は、体は、なぜか冷んやりとしていて、涙でほてった体を冷ましてくれた。
「……なげー思い出話、聞いてくれてありがとな。これでいつでもあの世に行けるわ」
「変なこと言わないで」
首を横に振る。
ライルはトントン、肩を叩く。
ライルは……大好きなマリカさんのことを、長い間誰とも話すことができなかった。国中で忌み嫌われたその名前。口にすることすらできなかったんだ。
この人はずっと、独りで抱えこんでいたんだ。無実の妹の不名誉を、誰にも話せず、独りきりで……
陛下の名誉を守るためーー
そして陛下は、マリカさんを守るためーー
「……嬢ちゃん、いい王ってのは貴重だ。王ひとりの存在が、何万人もの人間の運命を変えるからな。……俺はさ、ラビは伝説に残る優れた王になると確信してる。アイツならこの『二つの川の間の地』全土に、正義をもたらせると信じてる」
「……うん」
……残るよ。
陛下は歴史に名を残す。
ライルは見る目がある。
「だからさ、アイツのこと支えてやってあげてくんね?…………アイツ、女の首絞めちゃうのはマリカの呪いだっていまだにビビってるけど、嬢ちゃんなら大丈夫そうだしさ。嬢ちゃんのことだいぶ気に入ってそうだしよ!な、アイツのこと好きになってやって!」
ライルが今度は背中をバンバン、勢いよく叩いてくる。そのせいで胸に詰まった感情が、また涙になって溢れてくる。
好きになってやって、って。
この人は本当にテキトーなことを言う。
それに、王を支えるなんて重役、私に耐えられるのだろうか。
王を支える……お仕事。
東京で過労で倒れた私に、そんな大仕事が務まるのだろうか?
もう感情、ぐちゃぐちゃだ。
「…………うぅ〜〜」
「あーあー、また泣いちまって」
それからヨシヨシ、背中を優しくさすられる。
ライルは洪水を起こしてぐちゃぐちゃになった私の顔を、何かを堪えるような目で、でもあくまで楽しそうにのぞきこんできた。
「はは。……大丈夫、大丈夫だよ。嬢ちゃんなら大丈夫。……さ、ラビのところに帰ろう」
「…………うん」
「急がねえと。もう俺にはあまり…………ない」
最後、ライルがあんまりにもボソッと言うものだから聞き取れなかった。
聞き返すと、なんでもねーよ、なんて笑って誤魔化された。




