あのクッキングのおかげ ①
「ライルー!!!」
思わずその首元に抱きついた。ライルは笑いながら、額をぐりぐり押し付けてくる。
「怖かったな。よく耐えた」
「もうダメかと思ったぁ……」
口に出したら目頭が熱くなってきた。視界が潤んだ。
「とりあえず……自分で走れるか? この廊下狭いからよ」
「うん。走る!早く出よう!」
ライルに下ろされ、手を繋がれ、暗く狭い神殿の廊下を2人、全速力で駆ける。
ーー外に出た。ちょうど夜明けだった。
東の空に、明けの明星。
……まだ、生きてる!生きてる!
思わずガッツポーズする。
ライルに引っ張られ、こじんまりとした建物が密集するエリアへ身を隠す。建物の間をすり抜けていった先で、ライルがふいに立ち止まった。
狭い路地裏に甕が置いてあった。ライルはそこから簡素な服を取り出した。
「ここまできたら大丈夫。……嬢ちゃん着替えて」
「え?!……ここで?!」
「誰もこねーから大丈夫。その服血だらけだから目立つだろ」
確かに。胸から下がべっとり赤黒く染まっている。
「……わかった。あっち見ててね。いいって言うまでこっち見ないでね」
「はいはい」
ライルが背中を向けたのを確認し、ぱぱーっと服を脱ぎ、ついでに肌についた血も拭き取り、新しい服に着替える。動きやすそうな服だ。
「お。サイズピッタリだな」
「わ!いいって言うまで見ないでって言ったじゃん!」
「くびれたいい腰つきだったからさ」
チャラ神官がグッと親指を立ててきたので、無性に腹が立ち、その親指を甘噛みした。
「痛っ!……はっ、俺の指なんか咥えちゃって。エロ」
「こんなときにバカなの?!」
ライルはその親指を唇にあて、ペロリと舐め上げた。
その色気に思わずゾクっとしたが、いや、何よりもまず。
「……ライル、助けてくれて……ありがとう」
ライルはニカっと、嬉しそうに笑う。
「どーいたしまして」
「でもなんで……こんなところに?」
ライルは懐から、先ほど刃物を突き立てた小さな皮袋を、中の赤い液体が抜けた、でもまだ何か固形物が入っているその皮袋を取り出して、甕にホイッと投げ入れた。
「これ、中身ヤギの心臓」
「ひぇっ」
「前にバビルの神殿で嬢ちゃんの未来を占っただろ? あん時に『冥界の神殿で死ぬ』って予知が出てたんだよ」
「私にそんな物騒な予知出てたの?!」
「そ。で、冥界の神殿……つったら、冥界の神々を祀るこのクタの神殿しかないだろ。だから神官特権フル活用して潜入して張ってたんだよ。
そしたらダガンと亡命中のはずのあの巨乳な女がここにきて、怪しい黒魔術的なやつし始めてさ。見てたら嬢ちゃんが生贄として運ばれてきた、と。いやー、よかったよかった。俺の巧みな誤魔化しテクニックがなかったら嬢ちゃん死んでたな!俺に感謝だな!」
両手を腰にあて、自慢げに話すライル様。
……つまり、私がここでピンチになることを知って、ずっと見張ってくれていた……ということ? そんなことされたら……胸がいっぱいになってしまうのだけれども!!
「……あ、ありがとう……本当にありがとう」
「いーよ。……可愛い嬢ちゃんのためだからな」
グイッと綺麗な顔を寄せてくる。近い。心臓痛い。目が泳ぐ。
「…………」
「俺のこと好きになっちゃった?」
「バカ」
その無駄に分厚い胸を小突くと、ライルはまた軽やかに笑った。
そしてふいに、思い出す。
「あ、そうだ。私、死を目前に色々思い出して考えちゃってさ、ライルに聞きたいことがあったの」
「なーに?」
「……ライルが蘇らせたかったのって、妹のマリカさん?」
ライルの時が一瞬止まった。
そして、ライルは額に手をやり、はぁ、と深く大きなため息をついた。
「ほんと、嬢ちゃんはどっから話を聞いてくるのかねぇ……そしてストレートに聞いてくるねぇ……」
「ダガンさんとか、その他諸々の証言から総合的に判断しました」
「あー、ダガン……アイツ呪いとか全然信じねーもんな。普通の人間は呪いを恐れてその名前は絶対出さねーし、俺の妹だってことすら触れたがらないからな……まさかそのルートがあるとは思わなかったわ……てかなに、なんでダガンとそんな話してんだよ。そんなに仲良くなっちゃったの? まじでダガンに抱かれかけてたの?!」
ライルが急に焦り出し、肩を掴んで揺さぶってくる。
「いや、全然、そんなことは」
「だーめだよアイツは!嬢ちゃんも見ただろ? あの正妻!いくら巨乳でもやべーよあいつは!殺されるぞ!あいつ先週は町の可愛い子ひっさらって、ダガン様を誘惑しかねないとか言って生贄にしようとしたんだから!」
「なにそれ!怖!!」
「俺が人間の肝臓を見たいって申し出て、今日と同じ手使ってなんとか誤魔化せたけどよ……あの生贄大好き女がいるからダガンはダメ!絶対ダメ!」
「ないからないから!!……それで、マリカさんなの?!」
ライルが止まり、途端にまた真顔になる。
「……そうだよ。俺はマリカを蘇らせたかった」
「……でもマリカさんは、クーデターで陛下を……」
「マリカは無実だ」
「えっ」
思わず声を上げると、ライルはしまった、と言う顔をした。そしてふいっと横を向いた。
「……いや、なんでもない。今の忘れて」
「いや、無実って……それ、冤罪ってこと?」
「…………」
「ライル、マリカさんは……本当は……」
ライルはまた、額に手を当てた。
「嬢ちゃん相手だとなんだか油断しちゃうんだよな……」
そしてライルはまた目を向けてくる。いつぞやの時のような真剣な眼差しに、自然と背筋が伸びた。




