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こんな吐いてるヒロインたぶんいない

「……なぜ……こんなことに……」



 中川乃愛、また大変な目に遭っています。



◇◇◇


 ――ダガンさんが、じゃ、交渉行ってくるわ!と部屋を出ていったあと、


 暗い部屋にポツンと残されて、

 陛下やライルのことをひとりぐるぐる考えていて、

 そうしたら誰かが部屋に入ってきて、

 振り向こうとしたところまでは覚えている。


 気づけばそこは――


◇◇◇


 パカラッ、パカラッ、パカラッ。


 規則的な揺れと、冷たい夜風に目が覚めた。


 目の前には恐ろしいほど高速で右から左へ流れていく、土と時折緑の大地。そして土埃を巻き上げる力強い4本の脚。


 ――馬だ。馬の上にいる。


 身動きがとれない。体は縄でぐるぐるまきにされている。馬の背に荷物のように引っ掛けられ固定されているようだ。なんでこうなった。


 首を持ち上げると、すぐ横に人の背中が見える。この馬を操っている――男だ。


 誰だろう。それにまだ、別の馬の足音も聞こえる。すぐ近くに馬がもう1頭、並走しているようだ。


 そちらに乗っている男は目元以外顔をぐるりと布で覆っているし、夜の闇のせいで誰だか全くわからない。


 この人たちは……?

 

 まだぼんやりとする頭を必死に稼働させ、考える。ダガン王……は人質として私を使いたいはずだから、違いそうだ。


 そもそも「神からの贈り物」があの小さな村にいると知っているのはごく少数、バビル軍とダガン王の取り巻きしか知らないはずだ。身内の犯行? またイルタニさんパターン? まさかエシュヌンナに捕まった?


「……ウゴ、ク、ナ」


 突然、たどたどしい、若そうな男の声が上から降ってきた。私が目覚めたことに気づいたのだろう。この男、異国の人だろうか。


「……動きたくても動けないです。どこに向かってるんですか? あなたたちは誰?」


 隣を走る馬が近寄ってきて、それに乗る男が若い男の肩を叩く。そして無言で首を横に振る。

 

「…………」


 男の声はそれきりになってしまった。何を話しかけても答えない。この謎の男達はどうやら正体を知られたくないらしい。


 ーーどこに向かうのか。

 

 周りを見回すが、暗い闇でほとんど何も見えない。川の音も聞こえないし、かなり内陸の方に来ているような気がする。


 ……どこへ行くとも知れぬ暗闇、二頭の馬は流れ星の如く大地を駆け抜ける。足音と風を切り裂く男しか聞こえない静寂の中、これはきっと悪い夢だ、そう言い聞かせてギュッと目をつぶる。


 

 それにしても……


「……あの……」

 

「…………」


「この体勢、酔うんですけど……吐きそう……」


「…………」


 一旦停止。下ろされた。

 こちらの言葉の意味はわかるらしい。


 同じ馬に乗っていた若そうな男も、顔をぐるりと布で覆い隠していた。琥珀色のパッチリした目だけ見えた。

 

 ……今日はずっと吐いてばっかりだ。もう吐くものなんてほとんどないのに。痩せそ。


 ◇◇◇


 日が上り、途中謎の男たちに水分補給やら食糧やらを与えられながら、しばらく走り続けてまた夜、知らない町に着いた。

 

 相変わらず何も話さない、顔を見せない男たちに馬から下ろされフラフラ連れられて、神殿らしき建物にやってきた。


 両手を後ろでロープで巻かれ、暗く長く狭い廊下を背中を押されて進まされると、開けた場所、広い四角いホールのような空間に出た。


「…………!」


 その中は冷たい空気が充満していた。松明の火が暗い空間にゆらゆらと影を落とす。


 壁沿いにずらりと並ぶのは、フードを深く被った灰色のローブに身を包む人たち、革張りの太鼓を持った半裸の男たち。

 

 異様な光景に息を呑む。一体ここはどこで、ここは何をする場所なのか。手のひらに、背中に嫌な汗が滲む。


「連れてきたか」


 静寂を切り裂いたのは鋭い女の声。声の出所を探すと、部屋の奥の通路から1人の女性が現れた。


 30代前半といったところか。露出度高めの白い衣装に肉感的なボディを包んだ、背の高い妖艶な女性。


 その人は優雅に、真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。足を踏み出すたび、絹のように艶やかな黒い髪が波打って、ふるんふるんと胸が揺れる。


 ……G。(ノアレーダー)


 その人に向かい、私を連れてきた男たちが膝をついて頭を下げた。


 この強そうな女性が……男達に私を連れてくるよう指示したのか?

 

「……これが『神からの贈り物』? 随分貧相だな。私より幾分か若く、珍しく色白というだけではないか。胸もないし」


 遠慮なく見下すようなその女の視線。自分は胸大きいからって偉そうに。なんだこの人。


「何様ですか?」


 どちら様ですかと言いたかったのに、口が勝手に動いてしまった。周りのフード人間達がザワつきだす。女もあと2メートルくらいという距離でピタッと動きを止めた。


「何様……私に向かって……?……まぁ、無礼は許そう。私はとても寛大だ。……それよりお前たち、此度(こたび)はよくやった。よくぞこの女を私の元へ連れてきてくれた。礼を言う」


 すると、今まで喋らなかった拉致犯の男の1人が――


「……はっ!美しきベレト様!ありがたきお言葉!また何かありましたら遠慮なくご用命くださいませ。我らはいつでもベレト様の手となり足となりましょう!」


 嬉しそうに答えた。

 その声に、そのセリフに、聞き覚えがめちゃくちゃあった。


「…………まさかおしゃべり大好きちょび髭運び屋おじさん……?」

 

「あだ名なげえよ!!……あっ!やべ!喋っちまった!!」


 おじさんが両手で口を押さえ、もう1人が無言で呆れたように首を振る。

 

 ……やっぱりそうだ! この2人、イルタニさんに依頼されてバビルの王宮からシッパルに私を拉致した、あの時の運び屋たちだ! ……あの時は3人組だったから、1人いないけど。


「や、やっちまった……すまん息子よ。道中ずっと無言だったからさ……つい喋りたくなっちゃって。喋らないの、俺耐えられなくて。あーバレちゃった」


「…………」

 

 もう1人の若い男が、冷めた琥珀色の目でおじさんをジロリと見る。


 ……同じ馬に乗っていたこの男、おじさんの息子だったのか。この前は喋らなかったから声を聞いてもわからなかった。


「ねぇおじさん……これどういうこと? 今度は何なの。何この状況?!」


「……おい運び屋、この女と仲が良いのか」

 

 ベレトと呼ばれた女の憎々しげな声に、運び屋おじさんが慌てて答える。


「ベレト様!滅相もない!この女とは前に仕事で一緒になったことがあるだけでございます。まったくちーっとも仲良くありません!」


「ひどい!あの時いっぱい喋ったじゃん!」


「姉ちゃんうるさい!黙っとき!」


 おじさんがプン!と鼻息を荒くする。

 ベレトさんは腕を組み、また私を見下ろしてくる。


「まぁ……いい。この女さえ手に入ればそれでいい。さっさと冥界への生贄にしてやる」


 今聞き捨てならないワード出た。

 

「……生贄?!私が?!なんで!」


「お前を冥界へ送り、我が夫の勝利を祈るのだ」


 ベレトさんが嬉しそうに答える。

 夫?!勝利?! なんの話だ!


「い、意味わかりません。とりあえず夫さんには生贄なしで頑張ってもらいましょう!私なんて生贄の価値ゼロですよ!」


 よくわからないが、必死である。


「『神からの贈り物』だろう? 冥界も喜ぶだろう。それにお前が死ねば私も嬉しい。……夫には私だけを見て欲しい。あの人の妻は私だけでよい」


「大丈夫!見てます!夫さん、ベレトさんのことだけ見てますよ!」


 本当によくわからないが、必死である。

 

 なのにベレトさんはものすごい眼力で睨んできて、声を荒げる。


「……あの人は!お前がラルサに出現したと聞いたときも妙に喜んでいたし、此度バビル王と密かに会うのもとても楽しみにしていた!あの人は私という妻がいながら、お前に会うのを楽しみにしていたのだ!なんと汚らわしい!

 ……だからこの運び屋に頼んだ。我が夫を安全にバビル王の元まで運び、そしてお前を抱く前に私の元へ連れてくるように!」


「………………?」


 もしかして、もしかして……


「あの人をたぶらかした女は『神からの贈り物』とて許せぬ。殺す」


「…………あの、一応確認なんですけど、ベレトさんの夫って……?」


「偉大なる大王の息子、賢き王、不屈の王、エカラトゥム王ダガン様に決まっている!」


「ダガンさんーーー!!」

 

 係長は中東風の姿になっても既婚者だった。


 それにしても!

 こんなヤンデレ妻放っておかないでくれ!

 巻き込まれて生贄にされそうになっている!

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