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POISON ②

「シッパルの神殿内、修道院でございます」


 イルタニさんはシッパルの女神官(ナディートゥム)で、大神官。つまりここはイルタニさんの本拠地だ。それならば……


「……普通に、来てー、って声かけてくださいよ……! 超怖かったですよ……!」


 イルタニさんは眉を下げる。


「ごめんなさい、お姉さま。ですが、これが一番良い方法だったのです。この運び屋たちはこう見えてとても優秀な、引き受けた荷物は必ず運ぶ素晴らしい運び屋なのですよ。お姉さまを極秘かつ安全にお連れするにはこの者たちに頼むのが最適だったのです。……あぁお前たち、もう行ってよいですよ」


 イルタニさんの言葉に、ここに来るまでずっと1人で喋り倒していた、おしゃべり大好き運び屋おじさんが胸を張る。


「はっ!麗しきイルタニ様!また何かありましたら遠慮なくご用命くださいませ。俺も弟もそれに息子も、我らいつでも麗しき大神官様の手となり足となりましょう!」


「心強い。また頼みます」


「はっ!ありがたき幸せ!イルタニ様は今日もたいへんお美しい!……それじゃーな、姉ちゃん。イルタニ様に粗相するなよ!」


 おじさんは、謎にウィンクを飛ばし、弟さん達を連れ、意気揚々と去って行った。


「……お姉さまが王妃様になる方だということはあの者には伝えておりませんゆえ、無礼なこともあったでしょう。申し訳ないです」


「それはいいですが……でも、なぜ私を極秘にここへ?」


 イルタニさんはキリッとした顔になる。


「バビルの王宮でお姉さまの命を狙っているものがいるのです」


「やだ怖い。誰ですか?」


「みんなです」


「みんな」


 ひどい。四面楚歌すぎる。

 覚悟はしていたけれども……


「『神からの贈り物』といえども、お姉さまに好意的な人間は王宮ではごくごく一部。今や第二王子・イルナを後継者として推挙する勢力が大半です。

 我ら反・イルナ王子派……兄上の血筋を引く者だけが正当な後継者だと考える私たち……は少数派。数の上で圧倒的に不利です。サーラたちだけでは王宮でお姉さまを守りきれないでしょう。あ、今回お姉さまを拉致する準備を整えたのはサーラです」


「サーラさん……風邪って言って休んでたのは嘘だったんですね……」


 ……うん。いつのまにか私はドロドロの世継ぎ争いに巻き込まれていたらしい。サーラさんやアーシャちゃんが私になんとか世継ぎを産ませようとしていたのには、そういう事情があったのか。


「……やっぱり、養子の王子たちは私が陛下の子を生むのを恐れているのですね。あんな可愛い顔して……あんないい子だったのに……」


「王子たちはまだまだ素直な子ですよ。その後ろが、……です」


 宴の時に気遣ってくれた、あの可愛い男の子たちの顔が浮かぶ。

 

 ()()……


「……後ろ。イルナ王子とヌマハ王子は実の兄弟でしたよね。ご実家は……一体どんな感じの……」


 イルタニさんの顔がさらに引き締まる。

 

「バビルで最も力を持つ家系です。養子の話もあの家から持ちかけてきました。あの家は兄上に子ができぬと気づくや否や、後継を早く決めねば国が不安になると人々を煽り、陛下に無理矢理養子をとらせました。奴らは穏便に王位を奪うつもりなのです」


「うわぁ……」


 養子を使った王家の乗っ取り。時間もかかるし、陛下が子を成さない確証もないが、武力で王位を簒奪するより平和的だ。リスクも少ない。

 

「……ところでイルナ王子は第二王子ですよね。ひとりだけ親が違う、第一王子派の人はいないんですか?」

 

「いません。あれはイルナ派が己の企みを隠すための隠れ(みの)。お飾りの第一王子です。出自も高くありませんし、なによりマリの王宮に派遣という名目で国外に追いやられていますからね」


「やり方がエグい……」


 なんて切れ者がいるんだ、イルナ王子派。できれば対立したくない。


「イルナ王子派の人たち……話せばわかってくれないでしょうか」


「くれません。凱旋の日の宴でもお姉さまのスープに毒を盛っていたじゃないですか」


「アレ吐いちゃったの毒のせいだったんですか!?」


「バッチリ毒でした!お姉さまが部屋に戻られたあとで残りを毒味役に飲ませたら、見事死にかけていましたよ。お姉さまが飲み干していなくてよかったです!」


 ウィンクをして、グッ!と親指を立てるイルタニさん。


 わぁ、こんなお人形さんみたいなお顔して、お茶目なところもあるんだなぁ!


 ……なんて言ってる場合でなくて。


「ま……まさかあの時毒を盛られていたなんて……」


 思わず頭を抱える。あの時の気持ち悪さはただの心的要因だけではなかっただなんて……。


 確かスープを飲むよう勧めてきたのはイルナ王子だ。それも実家の指示だった……?


 これは人間不信になりそうだ。


 落ち込む私の背中を、イルタニさんが優しくゆっくり撫で始める。

 

「……サーラから聞きました。お姉さまは、あの女嫌いの兄上の子を産める可能性がある、唯一無二の存在であると。ということはお姉さま、王宮で生き残るには兄上のお子を産み、新たな正当な後継者として指名させ、イルナ王子派を不要なものとして一掃するしかありません」


「んな物騒な〜〜」


「やらなきゃやられます」


「修羅すぎる〜〜」


「ご安心を。ここシッパルにはイルナ王子派の魔の手は及びません。ここで準備を整えましょう。今お姉さまがここにいることは私とサーラしか知りません。ですから神のお力により、ノア様はバビルからシッパルに瞬間移動した……という名目で兄上をお呼びし、しばらくこちらで政務を行っていただきましょう」


「なんですか神の力で瞬間移動って」


「そして兄上とお姉さまで甘い蜜月を送っていただき、お世継ぎをもうけていただきます。もうこっちで婚礼の儀もしちゃいましょう」


「んなテキトーな!」


「大丈夫です。たぶんいけます!」


 イルタニさんは自信満々でお答えなさる。まったく、この美形兄妹は変なところで楽天的である。


「……ハッ!どこかで適当に陛下に似た赤ちゃんを連れてきて、陛下の子供産まれました〜ってことにすればよくないですか?」


「エメラルドの瞳は陛下の血筋にしか現れません。誤魔化しは無理です」


「詰んだ……」


「ちなみにイルナの一族はサファイアの瞳を受け継いでいます。それはともかく、お姉さまにかかっているのです。ですからお世継ぎ!お世継ぎです!」


 イルタニさんが語尾強めに言ってくるが、お世継ぎなんて生まれちゃったら余計ドロドロのゴタゴタに巻き込まれてしまう。


 でも産まなければ……私は消される? なら王宮を出て……どこで静かな異世界スローライフを……いや、行く場所なんてどこにもない……


「……あぁ私……普通の女の子に戻りたい……」


「無理ですよ。お姉さまの外見は目立ちすぎます。すぐやつらに捕まって殺されます」


「……もしかして社畜の方がマシだった……??」

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