POISON ①
「……なぜこんなことに……」
気づけば私は袋の中。手足を後ろで縛られて、ガタンガタンと、たぶん荷車に揺られている。
……王宮内を爆走中、突然後ろから誰かに抱きつかれたところまでは記憶がある。目が覚めたらこの状況だった。おそらく気絶させられ、拉致でもされているのだろう。
白い布地の袋に透ける光の具合から、すでに夕刻。外から聞こえる音から判断するに、もう町の外に出ているようだ。殺すならとっくに殺されているはずだから、生かしたまま運ぶ必要があるということか。
このままどこへ向かうのか。どこへ連れて行かれるのか。
――犯人は王宮に出入りできる人物だ。こんな大荷物を持って出入りすることが咎められない人物だ。王宮に荷を運ぶ業者の人? いや、ただの業者が王宮内を自由に歩くことは難しい。少なくとも王宮内を自由に歩ける、それなりの地位にある人物だ……
これらの手がかりから導き出される答え。
犯人は、おそらく…………
…………わからん。ちっともわからん。
考えてもわからないので聞いてみる。
「あのー、外の人ー、聞こえますかー」
……無言。反応なし。
「おーい、そこにいるのはわかってます。返事してー」
……
「無視しないでー!お袋さんが泣いてますよー!袋だけに!」
……
「……やばい気持ち悪い!吐きそう!」
「うるさい姉ちゃんだなぁ!」
ガサゴソと袋が開けられて、心底めんどくさそうな顔をした、中年ちょび髭小太りのおじさんが現れた。気持ち悪いのは本当なので、一旦休憩を挟んでいただきたい。
「あ……どうも。吐きたいんですけど、ここどこです?」
「シッパルに行く途中だよ!……おーい、馬止めろ、一旦休憩ー!……姉ちゃん、くれぐれも変な真似はしてくれるなよ。あんたを傷つけずに連れてかなきゃならねぇんだ。手荒な真似はしたくないからな」
馬が止まる。袋から出してもらい縄を解かれる。急いで道に降り体内をスッキリさせると、おじさんが水をくれた。
丸っこいフォルムのこのおじさん、馬を引いている細身のおじさん、その横の無口そうな若造ら三人衆は、どうやら誰かに依頼され私を拉致しているようだ。
「うっ…………はぁ……間に合った……。それで、なんで私はこんな目にあってるんですか? シッパルって……都市の名前? なんで私はそこに連れてかれているんです? 誰が依頼人ですか?」
「俺の口からは言えねぇよ。着けばわかるだろ」
「そんな着いてからのお楽しみとかいやですよ。私準備はきっちりして備えておきたいタイプなんです」
「知らねぇよ。……ほら、夜が更ける前にさっさと行くぞ。早く乗って」
おじさんに荷台に乗らされる。
「じゃあ道中お話し聞かせてください!私、色々あってバビルに来たばっかりで、この辺のことよく知らなくて。……ね、逃げる先もないし、どうせ暇だし、せっかくだからおしゃべりしましょう!シッパルってどんな町なんですか?」
「ほんとにうるさい姉ちゃんだなぁ……まぁ確かに暇だからいいけどさ。……おーい、馬出していいぞー……そうだな、シッパルは……バビルの支配下の都市。バビルから北に行ったところにある歴史ある町で、太陽神シャマシュを祀る巨大な神殿があるんだよ。シャマシュはさすがに知ってるよな? 太陽の神。正義の神。偉大なる神!」
「うん。確かラルサの神殿でもシャマシュ神を祀っていた」
「なんだよ姉ちゃんラルサの人間? そうか、捕虜になってバビルに連行されてきたのか。可哀想にな。まあでもラルサはなー、城壁が厚いからなー、俺嫌い」
「へー。それで、シッパルは?シッパルの話の続き!」
荷台の上。向かい合い、身振り手振りを交え話し出すちょび髭おじさん。
「まぁ焦るんじゃねぇ。時間はたっぷりある。俺がしっかり教えてやるよ。まず、シッパルの神殿ではバビル王の妹君イルタニ様が大神官を務めてる。これがよ、おそろしく美人なんだよ。性格もほーんといい人でよ〜……お、おっと、これ以上は喋れねぇ。えっと……なんだっけ? シッパルがどんな町か? そうだな、飲み屋の姉ちゃんがなかなかレベルが高くてさ。顔だけじゃねぇのよ?中身!中身もいいんだよ。やっぱり女は愛嬌だよなぁ。いくら見た目が良くても中身がよくなきゃなぁダメなんだよ。バビルの姉ちゃんは外面だけはいいんだが、無愛想なのが多い。その点シッパルの姉ちゃんはサービスも良くてさ。そこで馬の手綱握ってる俺の弟はえらいシャイなんだけど、そこがかわいらしくてイイ!って持ち上げてチヤホヤしてくれちゃってさぁ、弟もこっそりデレデレよ」
「兄者、うるさい」
「そこにいる俺の息子なんかはね、見るからに無口だろ? ところがどっこい、やるときゃやるのよ。ボルシッパの飲み屋で飲んでる時にさ、酔った大男が暴れ初めてな、でも俺の息子がひょひょいのひょいよ――」
おじさんは延々と喋り続けそうだ。
…………それと、まさかとは思うが。
◇◇◇
そのまさかだった。
ーーすっかり日も暮れた頃。再び袋に入れられ連れてこられた先。
そこで袋を開けたのは、愛らしいお顔をしたエメラルドの瞳を持つ女性ーー
「イルタニさん……!」
陛下の妹・イルタニさんが、私の顔を見るなり安堵の表情を浮かべた。
「お姉さま!無事に着いてよかったです!」
「いやいや!な、なんでこんなことを?!」
「お姉さまを安全にここへお連れしたくって!」
全然安全感なかったが??
納得いかない私に対し、イルタニさんはニコニコ可愛く微笑んでいる。あんまり悪気はなさそうだ。嘘をついているようにも見えない。
なんだか気が抜ける。
「……それで、ここはどこですか……?」




