そうだ、アレを作ろう
お昼ご飯後の眠い時間。
陛下に呼ばれて、アーシャちゃんと一緒に王宮内の作業場の一角にやってきた。
石の前で何かをしている職人たち。その人達にキビキビと指示を出しているラビ陛下と、隣で見守るアウェルさん。
そんなお二人を、少し離れた場所から体育座りで眺める私とアーシャちゃん。
サーラさんは風邪をひいてお休み中だ。
「……にしてもアーシャちゃん。さっきサーラさんがやってた、『風邪を引いた時の呪術儀礼』だけど……本当に効くのかな? 祭壇にビールと粘土の人形と香木を置いて、なーんかぶつぶつ呪文を唱えてたけど……」
「効きますよ。風邪を引いたときは、誰かに呪いをかけられた時ですから。それを跳ね返さないと風邪は治りません!」
キリッと答えるアーシャちゃん。
風邪=誰かに呪いをかけられている、っていうこの世界の発想は正直斬新すぎてついていけない。キャベツを頭に乗せたり、脇にネギを挟んで寝るより謎。でも「異世界から召喚」なんてことも可能なくらいだから、あながち否定はできない。
「……そうだ。あの……ノア様。蘇らせたかったのは誰かって話……まだ気になってます?」
アーシャちゃんが小声で言う。
「うん、めちゃくちゃ気になってる」
「ですよね……。お気持ちはわかるのですが……ですがどうか、これ以上の詮索はおやめください」
「な、なんで? そんなこと言われたら余計に気になっちゃう」
「これ以上の深入りはノア様が危険です。もし……もしそれが、“あの人”だったなら……」
「……“あの人”?……なんかやばそうな人……?」
アーシャちゃんは暗い顔で膝を抱え込み、背中を丸めた。
「バビルではその名を口にすることすら禁じられています。口にすれば……ノア様が呪われてしまいます」
「”名前を呼んではいけないあの人”なの……?」
――ヴォ●デモート卿も、確か闇魔術で復活してたな。
なんて、映画のシーンを思い浮かべていると、ラビ陛下が手招きしてきた。隣のアウェルさんも、のほほんとした癒しの笑顔を向けてくる。
「ノア、来てくれ。職人たちにお前を紹介したい」
「はーい。……アーシャちゃん、あとでその話、詳しく!」
「…………」
ひとまず呼ばれるまま、陛下のそばへ向かう。
そこには腰の高さほどもある巨大な石があり、職人たちが細かい文字を彫っていた。
「わあ……すごい。こんな硬そうな石によく綺麗に彫れますね!」
「はっ!もったいなきお言葉。ありがたき幸せ、神からの贈り物!」
職人さんたちが一斉に手を止め、勢いよく頭を下げた。
「い、いやいや、そんな、頭下げないでください! 私見てるだけですから!」
「はっ!!!」
ーー慣れないな、この扱い。社畜には重すぎる。
「それで……これは何を彫っているんですか?」
「陛下の功績を讃える碑文だよ。ノア様、読んで読んで!」
――そして、私は驚愕することになる。
「ええと、書き出しは……『偉大なる、マルドゥク神のために』……陛下、偉大なるマルドゥク神って?」
「バビルの守護神だ。偉大なる神・マルドゥクは、混沌の海の女神・ティアマトを倒し、その死体を裂き天と地を創造した。その胸は山となり、その目から流れた涙は2つの大河となった」
「お、おぉ〜……」
だいぶ強そうな神様だ。
「次は……『有能なる王、英雄、国土の保護者である王、ハンムラビ、我は…』 …………ん?」
ハンムラビ?
歴史に疎い私でも、この名前は知っている。たしか、古代メソポタミアの王様……だったはず。
「……あの……陛下の本名、もしかして……『ハンムラビ』……なん、です、か?」
「そうだ。でも好きじゃない。碑文だから仕方なくこの名を刻ませるが」
は、ハンムラビ!?
……あ。
もしかして……バビルってバビロンのこと?
つまり、ラビ陛下は……バビロン王ハンムラビってこと?
やだもう!!
陛下ったら超がつくほど有名人だった……!!
「……陛下、ちなみに『法典』ってお作りになりました?」
「法典?」
「『目には目を、歯には歯を』みたいなやつです」
「いや? ……たしか古の王がそんなものを作っていたな」
しれっとそんなことをのたまう陛下に、思わず後退りしてしまう。
「……え……陛下……、ハンムラビなのに、『ハンムラビ法典』作ってないんですか……?!」
「……その名で呼ぶな」
「う、嘘でしょ……ダメですよ陛下! 作んなきゃ! 法典作んなきゃ! 歴史が変わっちゃいます! ……いや、異世界だから元々違う歴史なのかもしれないけど……でもとにかく、法典のないハンムラビなんてハンムラビじゃないですよ!瀬戸内ときたらレモン、富良野といったらラベンダーのように、ハンムラビには法典が続くんです!」
「おい……その名を連呼するな」
「あ……ああああああー!!!!」
「今度はなんだ!!」
「陛下、私、わかりました! 私の存在意義が! 私がこの世界に呼ばれた理由が! ……そうです、陛下の法典を作るためなのです! 私はそのためにこの世界にやってきた!」
「の、ノア様、落ち着いて!」
陛下とアウェルさんがなだめてくるが、
だめだ。この興奮は止められない!
私は今、歴史的瞬間に立ち会っている!
「陛下! 任せてください! 私、そんな仕事をずっとやってきたんです! 規則や要綱を作ったり、法解釈の調査をしたり! 霞ヶ関で延々とそんなことをやっていたんです!あの国の法律ヤバいんです。めちゃくちゃ数が多いんです!そして複雑!でも私、めげずにやってきました!だから自信あります!ね、一緒に作りましょう、法典!作らなきゃ! 『ハンムラビ法典』!」
「わかったから落ち着け!」
「なんか燃えてきたー!!我が生きる意味見つけたー!!あ、すみません、ちょっと興奮しすぎてやばいのでクールダウンに走ってきます!」
「お、おい!!」
ーーこうして陛下たちを置き去りにし、王宮内を爆走した私。
「ノア! 一人になるな!」
陛下の声が後ろから聞こえながらも、興奮止まず走り続けた私。
――そして。
そしてーー!!




