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やっぱり文化が違う ①

 うるさいムトをなんとか追い出し、体を拭き、着替え、寝て、翌朝。


 明るい光に目を開けると、隣で陛下が寝ていた。


「う、うわああああ!」


 あまりの衝撃とあまりの造形の美しさに、思わず声を上げてしまう。彫り深!まつ毛長!!


 寝顔も麗しき陛下はダルそうに目を開ける。


「うるさいな……」


 トロンとした目に見つめられ、猛烈な色香に寝起き早々クラクラする。いやいや、そんなことを言っている場合ではない。


「ななななんで陛下がここにいるんですか!」


「王が王妃の寝所で寝て何が悪い……」


「だだだだだってこれまで夜は私のこと避けてたじゃないですか」


 陛下は長い前髪をかきあげ……うわぁせくしぃ……体を起こし、座る。


 エメラルドの瞳に見下ろされる。


「……別に今までのことはいいだろ。これからは一緒に寝る。あの衝動も起こらなかったし」


「私の身がもたな……え? すごい、首締め衝動起こらなかったんですか!? 私白目してないのに?!」


「少し白目だったぞ」


「忘れてください!でも陛下、すごいですね!成長してるじゃないですか!」


 私のナチュラル白目のおかげかもしれないが、陛下の衝動が落ち着きつつあるのは嬉しい。私への信頼度が高まってきている証拠だ!たぶん!


「……ボルシッパでは4人で寝て大丈夫だった。昨晩は3人でいけた。次は2人でもいけるだろ」


「待って。3人ってなに」


「俺がここに来た時、部屋の外でムトがワクワク楽しそうな顔で警備していた。だから一緒に寝るよう命じた。早朝まで寝台の下で寝ていたんだが……アイツは朝が早いな」


「…………」



 ……ムト……


 ……なんかごめん……


 哀れ巻き込まれムトに内心祈りを捧げていると、陛下の手が我が太ももに乗せられた。


「……へ、陛下?」


「ノア……」


 陛下はトロンとした顔をして、その手をゆっくりとすべらせた。う、うわぁえろい。これはなにやらアダルティな気配がする……ような?!


 ……ハッ!もしや陛下、今まで首締め衝動のせいでご無沙汰になっちゃってたから……やっとイケる!白目だけどコイツならイケる!とか思ってるんじゃないだろうか。どどどどうしよう。ラルサの王女のこともまだモヤモヤしてるし、こちらはまだ心の準備が……


「ノア……今晩からは2人だ。だから……夜は覚悟し」


「あ、あの!!」


「……なんだよ」


 言葉を遮られることなんてまずないだろう王は、綺麗な黒い眉をひそめた。


「私たち、男友達からはじめてますよね?」


「はじめてねぇよ」


「だだだだだとしても申し訳ないのですが、私、男性とは最低でも1ヶ月は清いお付き合いをしたいんです。本当はできれば戸籍謄本とか持ってきていただいて身元をしっかり確認してから深い仲になりたい派なんです。バビルへの旅路で私たちの距離はだいぶ縮まったかとは思いますが、できればもう少し親交を深めてから次のステップに進みたいんです!」


「……あ??」


 思わず早口で捲くし立ててしまった。陛下の綺麗な顔が歪む。歪むったら歪む。


「そそそそそうしろと神からのお告げなのです!」


「…………」


 

 堂々と神を利用した私を睨み、陛下はため息をつき太ももをつねる。


「いてっ」


「……あと1週間。1週間だけ待ってやる。……というか具合、もう大丈夫なのか」


「!……あ、大丈夫です!ありがとうございます……!」


「ならいい。無理するな。……もう行くが、一人になるなよ」


「はい!」

 

 陛下はちょっとムスッとしたまま部屋を出て行った。


 ノア は 1週間 の 猶予 を 得た!

 

 いいんだかなんだかもうよく分からないが、よしとする!


 ◇◇◇


 ……さて、自由時間だ。


 王宮内には昨晩の宴の余韻に浸る二日酔いの人たちがあふれている。今晩も宴が開かれるそうだが、今のうちにどうしてもやりたいことがある。


 アーシャちゃんと一緒に、王宮の隅の建物へ向かう。

 

「ノア様……そちらは商人に嫁ぐラルサの王女が控えている建物ですよ。……そんな平民(ムシュケーヌム)の服なんて持って……何しに行くんです?」


「アーシャちゃん……今回は見逃して」


「…………」


 アーシャちゃんは困惑しながらもついてきてくれる。私は早足で、なるべく人目につかないように進む。


 その建物の前には警備の兵がいたが、会釈すると簡単に中へ入れてもらえた。「神からの贈り物」の顔パスパワーは侮れない。


 建物の奥。戸もない薄暗く狭い部屋。そこで王女は1人、椅子に腰掛け小さな窓から外を眺めていた。他のラルサの女性たちはもう神殿に向かったらしい。


 ーーシェリダ王女。褐色の肌に柔らかくかかる、金色の豊かな髪。歳は16と聞いた。アーシャちゃんより少し下くらい。


 敵に囚われながらも落ち着いた(たたず)まい、若いながらに凛とした表情は、さすが高貴なお生まれだと思わずにはいられない。

 

 部屋の入り口に立つ私たちに気づいたシェリダ王女は、椅子に座ったまま首だけ振り返り、鋭く射抜くような目を向けてきた。そして何も言葉を発さない。動かない。無音の時間が数秒、その場を支配した。


「……ちょっと。ご挨拶なさい!」


 アーシャちゃんがシェリダ王女に歩み寄り、すぐ目の前で仁王立ちになる。だが王女の澄ました顔は変わらない。


「アーシャちゃん、そんなに怒らなくても」


「ノア様の御前でこんな無礼な態度、許されません」


「……私に御用ですか」


 シェリダ王女の口が開く。短いながらも、威厳を感じる声だ。


 その雰囲気に一瞬たじろいでしまった。でも気を取り直し、手に持っていた平民服を王女の膝にほいっと乗せる。


 王女はあからさまに怪訝な表情を浮かべる。


「こちらは……何ですか」


「……あなたの本音を、聞かせて欲しくて。私にはわからなくなっちゃったから……この世界の女性の望みがなんなのか。もしあなたが男に嫁ぐのが嫌なら、すぐにその服に着替えて。見張も緩くなっている今なら、王宮に出入りする業者として出ていけるから」


 アーシャちゃんが何か言いたげな顔で振り返る。

 シェリダ王女も眉をひそめる。


「……あなたは……『神からの贈り物』。私を逃すというの? 捕えた敵国の女を?」


「『神からの贈り物』だから、陛下にも多少のことは見逃してもらえる……はず。うん。……ね、もし嫌なら着替えて。早く早く」


「……なぜ?」


 膝上の服を握りしめながら、シェリダ王女はこちらをじっと、見据えてくる。


「なぜって……父親ほどの歳の男の妻に、無理矢理されるなんて……私の世界なら、好ましいことではないから」


 そう言った直後、シェリダ王女は膝の上の服を放りなげた。


「無礼者!」――すぐさまアーシャちゃんが、王女の頬を思いっきりはたいた。王女の体が椅子から落ちそうになる。

 

 呆気に取られている私に、ゆっくりと体を起こした王女が冷たい眼差しを向けてくる。


「……哀れまないで」


「あわ……!そんなわけでは……ただ、知らない男と結婚なんて嫌じゃないかと思って」


「逃げてどうするの? どこに行けというの?」


「お金も渡すよ。それでラルサに帰って知人を頼るとか……」


「負けた王家の女を助けるお人好しがいるとでも? 路頭に迷い辱められるだけ」


「で、でも……」


 王女が椅子から立ち上がった。


 薄暗い部屋の中で、小さな窓から差し込む光がその金色の髪を照らした。


 随分年下のはずの彼女が、随分神々しく見える。


「……私は王女。いつかラルサが負け、捕えられ辱められる日が来ることは覚悟して生きてきた。それが商人の妻になれ? 想像していたよりずいぶん優しい処遇だわ。……バビル王は甘い。父上の命も奪わなかった。あの王には感謝している。逃げるなんてとてもできない。私は満足している。私は喜んで嫁ぐ」


 シェリダ王女の言葉は、態度は、強がりとか虚勢とか、そういう類のものではなかった。心からそう思って、表出したものに思われた。


「哀れまないで。私は哀れな女ではない。私は幸運だ。あなたの常識を押し付けないで」


「……」


 ……哀れんだ? ――哀れんだ。


 だって私なら、知らない男、しかもあんなに歳の離れた男と結婚するなんて、嫌だ。当然、私よりも若い彼女もそうだろうと……


 でもそれは、ただの独りよがりだったのか。


 私の行動は彼女を助けるよりもむしろ、彼女のプライドを傷つけてしまったようにも思われた。途端に己が浅ましく、恥ずかしく感じられた。


 

「……余計なことして……ごめんなさい……」


「ノア様が謝ることありません!……この女、ノア様のご厚意を無碍(むげ)にして!」


 アーシャちゃんがまた、シェリダ王女の頬を引っ叩いた。そのか細い体が衝撃にしなる。

 

「アーシャちゃん!もうだめ!」


「…………」


 妙に息の上がったアーシャちゃんを全く気にも留めず、シェリダ王女は私を見て、口を開く。



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