凱旋
修学旅行の夜が過ぎ、翌日。
「見えてきたな、あれが我が国バビルだ」
馬に揺られて進む運河沿いの道、すぐ後ろの陛下の指差す先、水平線上に、城壁に囲まれた都市が浮かびあがってくる。
「あれが……あれがバビル……!!」
さんざん話に聞いてきたバビル。強固な城壁に囲まれ、都市のほぼ真ん中を川が通る、四角い形の巨大な都市。ついにその地に足を踏み入れるのだ。胸が高鳴る。
「俺も久しぶりだ」
耳元で聞こえたラビ陛下の声は嬉しそう。
馬の歩みと共にどんどん近づいてくるそれは想像の何倍も大きくて圧倒されそうになる。城壁の内側に巨大な建物がボンボン見える。
そして巨大な城門の前にたどり着く。列の先頭に立つ陛下が手を挙げると、ゆっくりと門が開かれる。そして――とたんにブワッと大歓声!そこには大群衆が顔を輝かせて、王の帰りを待っていた。今までの都市とは別次元の盛り上がりようだ。
兵たちが人を押しやり道をつくり、熱狂の中を馬に乗り進む。
「ラビ陛下!万歳!」
「神からの贈り物を賜りし、偉大なるバビル王!万歳!」
ーー万歳!万歳!万歳!ーー
あまりの熱気にアドレナリンがドクドク、昨晩の寝不足を吹き飛ばすかのように、体を猛スピードで巡りはじめる。こんな光景見たことない。まるで自分が英雄にでもなったかのような高揚感。
「陛下陛下、すごいですね!陛下大人気!」
振り返ったら、すぐそばにあったお顔はとっても満足気で、それは凱旋する強き王そのもので、一瞬時を、息をするのを忘れて見つめてしまった。
「……ノア?」
「は!……すみません、やっぱり陛下ってかっこいいなぁと思って……見惚れちゃいました」
「…………」
ゴツン。
「いてっ」
陛下に頭突きされた。
「前見てろ。みんなお前を見たいんだ。王が神から賜った贈り物だから。それと……バビルでは1人になるなよ。必ずサーラかアーシャか、ムトかライルか……俺といろ」
「はーい」
大興奮のバビルの市街地を進むと、見るからに立派な建物と、それを囲む高い壁が現れる。その入り口の門につくと、守備の兵たちが恭しくお辞儀する。
戸が開かれ、中に入るといよいよ王宮だ。目の前にはどう見たって立派な王宮、砂漠の中のオアシスのような美しいお庭……
……の前にズラリと並ぶ、やんごとなき雰囲気の男性達。王宮で働く役人達だろうか。陛下の顔が見えるなり、みんな膝をつき頭を垂れた。
「ラビ陛下!この度の遠征のご成功、誠におめでとう御座います!」
男達が一斉に声を上げ、陛下は先に馬を降りた。そして私を下ろして腰を抱き、男達の前へ進む。
「みなご苦労だった。神のご期待に応えられたことを誇りに思う。神は褒美として王妃をくださった。婚礼の準備は進んでいるか?」
「はっ!すでに伝令から聞いておりましたとおり、陛下とノアさまのご婚礼準備は順調に進んでおります。エサギラの大神官様がよき日取りを調べていらっしゃいますが、少し先になるだろうということです」
先頭列にいた一人が答えた。エサギラとはバビルにある巨大な神殿の名前だと、以前ライルから聞いた。
「……そうか。引き続き準備を。我が妹イルタニは?」
「イルタニ様はおとといお着きになり、奥で陛下のお帰りをお待ちです」
「わかった。まつりごとの話は明日でいいか。急を要するものがなければ少し休む。今晩は盛大に宴を開く。従軍した兵達にも存分に褒美を」
「はっ!陛下のお心のままに」
陛下は頷き、私を連れまた王宮の奥へと進んでいく。後ろからはムト将軍をはじめ、位の高そうな男性陣、サーラさんやアーシャちゃんら上位の女官たち、それに荷車が続いていた。
大半の兵士たちはこれから家族の待つ家に帰るのだろう。
それから……
離れたところに、町の人々から何か投げつけられたりしたのだろう、見るに耐えない姿に変わり果てたラルサ王の妻や娘達が見えた。容赦なくどこかに引きずられていく光景に、思わず足が止まる。
よく見るとまだ10代半ばくらいの女の子までいた。その褐色の手首は縄に締め付けられているが、透き通るような波打つ長い金髪は風にふわりと自由に舞う。
そして彼女は凛とした表情を崩さない。なぜか目が離せなかった。
「……ノア」
「…………」
「ノア、行くぞ」
「……は!はい……」
……これは。こういうことは。この世界ではありふれた光景なのだろうか。
彼女たちが何か……悪いことをしたとでもいうのだろうか? 敗戦国の王の家族であったというだけで?
力の入らない手首を、陛下にぐいっと握られて、再び引っ張られていく。
「……先の『対エラム戦争』の際、東のエラムと戦うため、俺はラルサに助けを求めた。だがラルサは俺の助けを拒んだ。高みの見物を決め込んだんだ。ラルサ抜きでもエラムを撃退できたものの、あの所業は許せない。あれは当然の報いだ」
「…………」
そういうものなのだろうか。
納得はできないが、かといってできることはなにもない。
……きっとこんなの、戦乱のこの世界では序の口だ。
私はこの先、耐えられるのだろうか。




