修学旅行の夜 ①
この度、
ーーみんなで一緒に寝ようーー
という陛下の崇高なる御言葉により、いい歳をした男女が4人、一緒に寝るという謎の苦行が開催される運びとなりました。
目的はそう、試すこと。
「お前もわかっている通り……俺は女が苦手だ。女と寝ようとすると体が勝手に女の首を絞めてしまう。それで殺しかけたことも何度もある。だが……だいぶ慣れてきた気がする。今ならいける気がする。試しにまた一緒に寝たい」
「ま、まだ試すには早いのでは??」
「だからこの2人も一緒に。万が一俺が暴走したとしても2人が止める。2人より4人の方が問題が起きにくいはずだ」
「むしろヤバくないですか??」
男女4人で寝るなんて変な噂が立ちそうで仕方ないけれど。それにライルは神官だ。そんな俗なことしていいんだろうか。
「……いいじゃねーの!みんなで寝ようぜ!」
私の心配をよそにライルは死にそうなくらい笑っていて全然気にしていなかった。
一方ムトは「陛下の命令は絶対……」と呟きながら、死にそうなくらい遠い目をしていた。
話を聞いたサーラさんとアーシャちゃんは、両手で頬を挟んでアワアワしていた。
「陛下……もしかして酔ってます?」
「素面だ」
それはそれでどうなんだ……
◇◇◇
急遽寝台を並べてしつらえられたどデカいスペースの上で、私は心を無にし、横になる。
すぐ右隣に寝転んだ陛下は、じっとこちらを見つめてくる。
左隣にはライルが横になり、ニヤニヤこちらを見つめてくる。
陛下を挟んで反対側には無表情で虚空を眺めるムト。
そしてライルが口を開く――
「なぁームト、お前どんなタイプの女が好きなんだ?」
修学旅行の夜がーー幕を開ける。
「アンタに答える義理はない」
「はぁ〜ツレないねぇ。ま、こういう堅物な男に限ってムッツリスケベなんだよな。嬢ちゃんも気をつけたほうがいいぜ」
「俺はそいつに手を出すほど飢えていない!!」
「おい俺の女なんだが」
「!……申し訳ございません陛下!」
シュバっと寝台から降り、床で美しい土下座を決める将軍・ムト。
「そーだぞー、嬢ちゃんは陛下の大事な王妃になるんだ。丁重に扱え!」
その様子を寝台から見下ろしケラケラ笑うライル。それを床から睨みつけるムト。
すぐ隣には横向きに寝転がり、変わらず謎にじっとこちらをみてくる陛下。
その視線に耐えきれず、ひたすら天井を見つめる私。
……
女一人、男三人
ボルシッパ ※今いる都市の名前
女は黙々、天井の
模様つなげて星座作る
――中川乃愛、心の一句。
「なー嬢ちゃん〜、ムトが睨んでくるー、守ってぇ」
「おいライル!ノアに抱きつくな」
「あ!痛ぇ!ラビ叩くな!」
両隣の人達が起き上がり、横たわる我が体の上で小競り合いを始め出す。
一方が一国の王だとは、とても思えない状況だ。
……あぁ……
ほんとになにこの状況。
とりあえず、進捗確認だ。
「……あの……陛下、どうですか。首締めたくなりますか?」
小競り合いを止め、あぐらをかく陛下は、麗しきお顔で見下ろし答える。
「いや……大丈夫だ。……ついに克服できたのかもしれない」
「普通にライルとムトがいるからでは……??」
「そうか。二人とも何度も一緒に寝てるしな」
「え」
「おい、言い方!嬢ちゃんが誤解してんだろ!……俺と陛下は幼なじみでガキの頃よく一緒に寝たりして、ムトとは遠征中一緒にいたってことな!」
ライルが慌てて弁解する。
「あ、あぁ……びっくりした。イケメン3人でわちゃわちゃやってるのかと思っちゃった」
それはそれで絵になりそうだ、なんて思い描いていると、床から届くムトの悲痛な声。
「……陛下、やはり私には耐えられません。高貴なる陛下と臥所を共にするなど……!平民の私には荷が重すぎます」
「平民?」
なにやら聞き慣れぬ言葉だ。
「あー、嬢ちゃんの国にはそういう分類なかったのか? 上から、上流市民、平民、奴隷。ラビや俺ら神官は別として、人民はこの3種に区分されてるんだよ」
「ど、奴隷……ってなに……するの?」
「家の仕事とかやらせるんだよ。大体一年分の給料注ぎ込めば奴隷を一人買えるかな」
「へ、へぇ……」
どうもこの世界には、私の時代には考えられない制度が堂々存在しているらしい。
「平民っていうのは……奴隷とはどう違うの?」
「全然違う!」
床から平民将軍の声が飛んでくる。
「……奴隷に自由はねぇけど、平民には自由がある。そこが大きな違い。でも上流市民よりいろんな面で制限がある。そんでムトは平民出身だけどよ、戦で手柄を上げてここまで昇進したレアケースだ」
「へぇ……そうだったんだ。ムトってすごかったんだ」
なんとなく身分制度が強そうな世界だとは思っていたが、平民の身分の人が成り上がるなんて相当珍しいのではないか。
身を起こし、床で正座しライルを睨んでいるムトを見る。ちょっとカッコよく見えてくる。
「……ノアの国ではどうなんだ。女が役人になる国では身分制度はどうなってる?」
「私の国では……昔は貴族と平民といった身分制度がありましたけど、今はみんな平等です。『すべて国民は、法の下に平等』だと、国で一番強い決まりで決められていました」
「皆平等? なぜだ?」
「人間に貴賤はない。重視されるべきはその人の出自や属性ではなく、内面……というのが私の国のトレンドなのです」
「内面? 何をみる?」
「え、えっと……たとえば……努力する、とか。成功するためには努力が欠かせません」
陛下は少し難しい顔をする。
「……確かに人民のモチベーションを上げるにはいいかもしれない。『成功するなら努力しろ』……。だが裏を返せば、成功していない人間は努力をしていない、ということになる。必ずしもそうではないとしても」
「ふむ……言われてみれば」
……陛下の言葉には一理ある、と思った。私たちはみんな平等だ、その中で努力して能力を発揮したものが成功できる。ーーそう言われてそう信じて生きてきた。
でも実際はどうだ。そもそも平等なんてほど遠いし、そのくせ成果を出さないと努力不足だ、能力不足だとなじられる。「運も実力のうち」だなんて言われて、人生の失敗は自己責任なんて言われることまである。
だから私たちは常に頑張らなければならなかった。みんな、頑張りすぎていた。
そうして追い詰められ、私のように力尽きた人間があの国にはいくらいたのだろう。
「……ムトのように国に求められる能力があり、熱意あるものにはいい社会に思えるけどな。……というかムト、いい加減ベッドに戻れ」
「……はっ!」
ムトがキラキラした目を陛下に向けながら、床から寝台に戻り、そこでまたピシッと正座した。
なんだか肩の力が抜けてくる。
「陛下はすごいです。ムトが平民だからといって軽んじず、その頑張りを正当に評価された。陛下みたいに努力を認めてくれる人が、私の国でもいたらよかったのに、なって思っちゃいました。あそこにはたとえどんなに努力をして成果を出しても、認められない人が山ほどいましたから」
「……ムトは子供の頃から抜きん出ていたからな。今ではバビルに欠かせない優れた武将だ」
陛下にそう言われて、ムトの目はもう、キラッキラに輝いている。
「…………ちなみにムトはどの辺がポイント高かったんですか?」
「やっぱりマリ派遣で手柄を上げたことだろーな」
ライルが頬杖をつきながら言う。
「マリ?……あ、ラルサの粘土板文書置き場で名前を見た気がする。国の名前だったような」
「そー。川をずっと上流に行くとあるんだけどよ、マリとバビルは、まー長い付き合いがあってさ。今回のラルサ攻めにもマリの援軍が同行してるぜ。それで……昔エシュヌンナっつー国がマリを攻めてきた時に、マリを助けるためにバビルから部隊を送ったんだよ。
その時の武将の一人がムト。コイツったらよ、窮地のマリを見事救い、顔にでっかい傷つけて華々しく帰ってきたわけ。あの時まだ20そこらだったか? 若いのによくやったもんだよ。そん時のムトはもー大人気でさ、凱旋パレードの時は気絶する女の子が続出するし、一時期子供達の間で顔に切り傷を落書きするのまではやったしよ」
「ムトの顔の傷って……そうだったのね。すごい、ムトってちゃんと将軍なんだ。ただの武器オタクじゃなかったんだね」
「俺のことをなんだと思ってる!……思っていらっしゃる……」
陛下の手前、私への接し方に悩むムト。ちょっと可愛い。
「ところでさ、嬢ちゃんの好きな男のタイプは?」
突然、ライルが背中にぴたりとくっついてきて、耳元で囁き、ぶっこんでくる。




