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星空の下で

 バビルへの旅、最後に訪れた都市は特におもてなしがすごかった。夜の宴では、ノア様もどうぞお飲みください!とワインを勧められ、これが意外と美味しく、勧められるまま飲んでいたらすっかり酔ってしまった。


 これは明日に響きそうだ。ウコンを飲んでおきたかった。


 酔いを覚ますために宴会場をこっそり抜け出し、誰もいない中庭のような場所にやってきた。夜空を見上げれば無数の星々がきらめいていて、涼しい夜風が体の熱を奪っていく。


 ……仕事終わりに見上げる東京の空は、こんなに星は見えなかった。そこは眠らない町、東京・霞ヶ関。頼りないちっぽけな星よりも、オフィスビルに輝く窓の明かりの方が星座を作るには良さそうだった。


 この世界にきてもう2週間。総務課のみんなはどうしているのだろうか。

 

 係長は……


 共に鬼残業(国会対応)を乗り越えてきた係長は……

 絶妙なタイミングで差し入れのお菓子をくれた優しい係長は……

 終電ダッシュを何度も一緒にした、部下思いの係長は……

 

 大好きだった係長は。

 既婚者じゃなかったらよかったのにと、何度も何度も思った係長は……


 お元気だろうか。私のことを少しは心配してくれているだろうか。


 

「……嬢ちゃん!やーっと会えたな!」


「うわびっくりした!……ライルさん!お久しぶりです」


 突然、ライルさんが後ろからズッシリ抱きついてきた。ふわりと優しいお香のかおりが鼻を(かす)める。


 ライルさんは嫌いじゃないが、一応これでも私は陛下の妻になる予定なのでこの距離はよろしくない。やんわりと腕を引き剥がそうとする……が、全然離れない。よくみたら神官のくせに筋肉質でたくましい腕。


「嬢ちゃん、星を見上げてしんみりしちゃってんの? 女は体冷やしちゃだめだぜ」


「お酒飲み過ぎちゃって。酔いを覚ましてたんです」


「お、酒弱いのか。俺が鍛えてやろうか?」


「大丈夫です!それよりあんまりくっついちゃダメです」


「くっついてた方があったかいだろ?」


 いやいや、確かにそうだけど近すぎるのはアウトだ。万が一誰かに見られたら面倒なことになりかねない。


「ライルさん〜!離れないと!変な誤解されたら大変です。せっかくの第二の人生が早々に終わってしまいます。せめてバビルをこの目で見たい!」


「えー? じゃー離れっから、ひとつお願いがあんだけど」


「なんですか?」


「『ライル』って呼んで。敬語もなし」


「え?!ライルさん仮にも神官でしょ? 神官ってとっても身分が高いんでしょ。呼び捨てなんてできないですよ」


「仮にって。……いーんだよそんなこと。俺は嬢ちゃんともっと距離縮めてぇの。な?」


「えぇ…………」


 巻きつけられた腕の力が強くなり、耳元では甘い声で、吐息たっぷりに囁かれる。


「はい、『ライル』。呼んで?」


 この人、神官なのに女慣れしすぎではないか。


「…………ライル」


「いいね。じゃあ……『ライル優しくてかっこいい』。はい、言って」


「…………ライル ヤサシクテ カッコイイ」


「『ライル大好き、愛してる』。はい、どーぞ」


「調子に乗らないで」


「流石にダメか」


 ライルさんは絡めていた腕を解き、くしゃっと笑って、今度は頭を勢いよくワシャワシャしてきた。見事に言いくるめられてしまった気がする。


 目を細めて、優しく見つめてくるライルさん……いや、ライル。


「……それにしても、第二の人生ねぇ……。いいな、夢がある」


「私もまさか、過労で倒れたあとにこんな未来があるとは思ってなかった……そういえば『死後』って、ここではどう考えられてるんですか?」


「死者の魂は冥界にいく。富める者も貧しき者も、悪しきものも良き者も、みんな同じように7つの門を通り、女王(エレシュキガル)の治める地下の国へいく。そこでそのうち先祖の魂と合流して……集合的魂(クーブム)って言うんだけどよ、新たな生命に再利用されるのを待つんだよ」


「へーすごー」


「ちゃんと興味ある??」


「あ……あるよ。輪廻転生に近いのかな。私の国でも似たような考え方があった。死んだら新しい生命に生まれ変わるの。先祖の魂と集合はしないけど、生まれ変わる。それを何度も何度も繰り返す」


 ライルが目を見開いた。そして、「生まれ変わる」と、ぼんやり小さく呟いた。


「そうだよ。……それでその、死後の魂が向かう地下の冥界ってどんなところなの? みんな幸せに暮らしているの?」


「昔からの言い伝え……『イシュタルの冥界下り』っつー、戦いの女神(イシュタル)が冥界に行くっていう話によると、冥界は陰鬱で、食いもんといえば粘土らしいぜ」


「ゆ、夢がなさすぎる……ちなみにその女神、冥界に行ってどうなったの」


「遊びに来んなって冥界の女王(エレシュキガル)に怒られて、身包み剥がされて冥界に囚われた」


「女神何やってんの……」


 神話の類だろうか。神話は時に、意味不明。


「……そのあと色々あって、女神はなんとか地上に戻れた。でも冥界の女王(エレシュキガル)が、やっぱり戻ってこいってゴネだした。それで仕方なく女神の夫(ドゥムジ)が、代わりに冥界に行くことになったとさ」


「なぜ夫…………」


 だいぶ可哀想な夫である。

 恐妻家なのかな。戦いの女神っていってたしな。


「……死者を蘇らせるためには代償が必要。……それに限ったことでもねぇけど、何かの犠牲なしには何も得られない。何かを得るためには同等の代償が必要……ってことを言いたい、教訓めいた話なのかもな」


「……あ!等価交換ね!聞いたことある!鋼の錬○術師で言ってた!」


 この世界にも錬金術師はいるのかしら、いるなら粘土の錬金術師かしら、なんて思いながらすぐそばの美形な男を見上げる。


 するとライルは長いまつ毛を伏せ、俯いていた。それがなぜだかとても……切なげだった。


「……ライル?」


「……なぁ……本当に別人……なんだよな」


「なにが?」


 ふいっと顔を上げたライルは真剣な表情そのもので、普段とのギャップに胸が跳ねる。


「だから……」


 ライルは口を開いて、ふと私の後ろに目線をやり、すぐに口をつぐんだ。振り返るとよく知る男が2人――不機嫌そうなラビ陛下と、またまた睨みつけてくるムトが立っていた。


「あ……陛下!」


「ノア……勝手に抜け出して……ライルと2人、何してる」


「え?!」


 ……まさか、これは……ッ!


 なにやら疑われているような気がしなくもない。あらぬ疑いをかけられているような気がしなくもない。いや、やましいことは何もないのだけど!

 

 若干焦りだす私の横で、ライルはいつもの飄々《ひょうひょう》とした、余裕たっぷりの表情を浮かべる。


「……よう、陛下。もしや自らノア様をお探しに?……ノア様は大変酔われておりましたゆえ、僭越ながらわたくしめが酔い覚ましに付き合っておりました」


「そうなんです!ライルの言う通りです。ご心配をおかけしてすみません……」

 

「『ライル』? いつからそんな親しい仲になった?」


 ラビ陛下の顔がいっそう険しくなる。


「いや……全然仲良くないです!仲良くないですこんな神官!」


「あっさり切り捨てたな!」


「……ノア、お前は俺の女だ。夜に他の男と2人きりになるな」


 普通ならトキメキポイント高そうなセリフだが、今の黒いオーラをまとった陛下が言うととても怖い。


「は、はい……今後気をつけます……」


「……おいラビ、嬢ちゃんを怖がらせるなよ」


 ライルが怒った顔をして言う。でも神官様とはいえ、一国の主にこんな言葉遣いはさすがに無礼すぎではないだろうか。


「ちょっとライル、そんな言い方陛下に失礼だよ」


「あ? いーんだよ、俺とラビは幼馴染、俺の方が年上だしよ」


「そうなの?」


「おいライル、陛下の御前だ。陛下を愚弄する真似はいい加減にしてくれ」


 ムトが腰の剣に手をかける。

 

 おー、怖!なんておどけて、ライルが両手をあげヒラヒラさせるが、それが余計ムトを怖い目にさせている。この二人は相性が悪そうだ。


 こういう時は逃げるに限る。


「と、とりあえず酔いもさめたし眠いので、私は部屋に戻らせていただきますね。みなさま、おやすみなさーい」


 穏便に抜け出そうとすると、ガッツリ陛下に腕を掴まれた。


「うわっ」

 

「ノア、行くな」


 振り返って見上げた先、星空をバックに立ちはだかる陛下は、それはそれは美しくて麗しかった。美人は三日で飽きるというけど、陛下のこのご尊顔は何日経っても飽きることはなさそうだ。


「ノア……試してみたいことがある」


「な、なんでしょう?」


 そんな綺麗な目でまっすぐ見つめないでほしい。

 どうかこの掴まれた手首から、私の緊張が伝わりませんように。

 

 密かにそんなことを思っている私を見て、陛下は真剣な表情で――


「今晩は、お前と……」


 唾をゴクリ。


 それから陛下はムトを見て、ライルを見て、そして再び、口を開く。


「みんなで一緒に寝よう」


「なんで???」

 

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