墓前の秘密 ①
接待室に移動する。アーシャちゃんとナディアさんは外で待っていると言うので、1人で部屋に入る。
彼女はそこに腰掛け待っていた。
ーーシェリダ王女。もともとラルサの王女・女神官であったが、バビルにとらわれたのち、歳の離れた商人に嫁がされていた。
艶のある肌に、ふわりとかかる金色の髪。凛とした表情、若いながらも落ち着いた佇まい。威厳があるのは変わらないが、以前よりも雰囲気が丸くなったような気がする。
「『神からの贈り物』、ご機嫌よう」
シェリダ王女は私を見るなり立ち上がり、優雅に頭を下げる。つられて自然と頭が下がる。
「ご無沙汰しています。……シェリダさんはお元気でしたか」
椅子に座ると、王女もゆっくり腰掛け直した。
「ええ。……あなたには心配されましたけど、夫は良い男でした。私を何よりも大事にしてくれますから」
そう言う彼女の顔は満足げで、心からホッとした。
「そうですか。よかったです」
「凱旋パーティに出れず、申し訳ありません。悪阻が辛くて動けなかったのです」
「!赤ちゃんですか!」
「ええ」
穏やかに微笑み、よく見れば少し膨らんだお腹を愛しそうになでるシェリダ王女。つい頬が緩む。
「おめでとうございます。悪阻は落ち着きましたか?」
「だいぶ。今はお腹が空いて仕方ありません」
そう言って苦笑いするシェリダ王女。
「ふふ。それはなによりです。お腹の子のためにもいっぱい食べないと」
「ええ。でも、いくらでも食べれるのも困りものです」
……この人と、こんなふうに談笑できる日がくるなんて。あの時は思いもしなかった。
出された飲み物に口をつけ、シェリダ王女は切り出した。
「……お聞きしたいことがあるのです。……マリで、おぞましい巨人のような怪物が現れたと、噂を聞きました。それが『ギルガメシュX』と呼ばれていたとも聞きました。それは……まさか、かのシュメールの英雄、ギルガメシュが蘇った姿だったのですか」
この人に隠す理由もない。小さく頷いた。
「そうです。ウル・シンの祖父が、『死者蘇生の儀礼』で蘇らせ、シュメール王朝復興のため、兵器として利用していました。なんとか冥界にお戻りいただきましたが……」
そう答えると、王女はそっと目を伏せた。
「……そうでしたか。……『死者蘇生の儀礼』の成功例があったことは……しかもだいぶ昔の人物を蘇らせた例があったことは、私もラルサの大神官から聞いていました。彼はそれをたいへん恐れていましたが……」
シェリダ王女は、私に「死者蘇生の儀礼」を教えた張本人だ。そして私が、その儀礼が失敗したために現れた人間だと、知っている。
王女は視線を落としたまま、言葉を続けた。
「まさか……ギルガメシュ王だったとは。驚きです。しかもその儀礼が行われたのは随分前。儀礼が行われたのち、長い間生きていたことを考えると、とても1人分の寿命では足りない。いったい何人の神官が寿命を捧げたのでしょうね」
その一言が、胸に刺さるように引っかかった。
「……寿命を捧げたとは、どういう意味ですか?」
思わず聞き返すと、王女がゆっくり視線を上げた。
その瞳には、言葉にしきれない困惑が滲んでいて――
なぜだか胸がざわついた。
心臓が、今にも破裂しそうに、激しくバクバク動き出す。
「あの儀礼では、蘇らせる対象に、神官が自身の生命を与えます。……という話、あの時しませんでしたっけ? あの色白の神官からも聞かなかったのですか?」
キイテナイ。
無言で首を横に振る。
王女は目を落とす。
「そう……でしたか。彼も言いづらかったのかもしれませんね。儀礼が成功しようが失敗しようが、代償は必ず払わねばなりません」
王女は美しい金髪を耳にかけ、ふたたびコップに口をつけた。形のいい唇が、コップの縁の形に沿って歪む。
私はただ、何も言えず、その絵になる光景を眺めていた。
コップを置いたシェリダ王女は、優しく、言葉を続ける。
「私は……あの時、儀礼に失敗したあの神官は哀れだと言いました。でもそれは間違っていた。あなたがやってきて、『神からの贈り物』を授かったハンムラビ王は見事天下をとりました。彼の尊い犠牲は、とてつもない栄光をバビルにもたらしたのです」
尊い犠牲。
尊い犠牲…………。
――ふと、あの別れ際の言葉が胸を突く。
ライルが最後に残した、あの声が、耳の奥で鳴り響く。
『俺の分まで、ちゃんと生きろよ!』
あれは――
……そういう意味、だったの?
私は……
私は、ライルの寿命をもらって、生きている……?
背中に、額に、手のひらに、冷たい汗がにじむ。
胸の奥で、ドク、ドク、ドク、心臓が暴れる。
「たしかに、儀礼は失敗したかもしれない。でもあなたという贈り物を授かった意味では大成功でした。彼はまったく、哀れなどではなかったですね」
暴れすぎて、心臓が収縮しすぎて、胃が圧迫されて、吐き出しそうだ。
「…………ノア様?」
「…………」
「ノア様、顔色が……」
底のない、深い深い穴に、
突然、背中を押されて落ちていく感覚。
足の裏にあるはずの床が、溶けてなくなっていく。
その後、シェリダ王女と何を話したか、どうやって別れたか、記憶がない。




