H 【side ラビ】②
「ノアが変わってなくて安心した」
「もう…………。陛下は……お変わりなかったですか。離れている間、何か変わったことは?」
「変わったこと…………あぁ。女の首を絞める癖、どうも治ったらしい。他の女に触れても衝動が起きなかった」
「え!!」
顔を覆っていた手を離し、ノアは目をパチパチと瞬かせ、両手もパチパチさせた。
「す、すごいじゃないですか陛下!!おめでとうございます!!」
けれどラビは不満げに唇を尖らせる。
「……なんだよ。嫉妬しないのか?」
「嫉妬?」
キョトンとするノアを見て、ラビはますます拗ねた顔になる。
「もう他の女にも触れられるんだぞ」
「あ!……あぁ、なるほど……!な、なるほど……」
ハッ!と気づいたノアは、見る見るうちに縮こまり、背中を丸めた。
その様子を見て、ラビは満足げに目を細めた。
シーツに視線を落とすノアの顔を覗き込み、ラビは甘く吹き込んだ。
「でも……俺が触れたいのはノアだけだ」
「…………」
寂しげに睨んでくるノアの頭を、ラビは「可愛いな」と言いながら優しく撫でた。
「……王様なのに? 王様ってハーレムで女の人侍らせ放題らしいですよ?」
「らしいな」
「…………変なの」
そう言ってノアは唇を尖らせる。ラビそれを指でふにふにとつまみ上げる。
「首を絞められてもなお、俺と向き合ってくれたのはお前だけだ。これでも感謝してるんだ」
そう言って、ラビはノアに口づけた。
ノアはすぐに、幸せそうに顔をゆるめた。
「へへ……嬉しいです。……ラビ君」
その言葉に、ラビは思わず息をのんだ。
固まったラビを、ノアが不思議そうに覗き込む。
「あれ、ラビ君…………って呼ぶの、嫌ですか?」
「いや……嫌じゃない。ただ……」
「ただ?」
「驚いただけだ。……マリカが俺を、そう呼んでたから」
ノアは、まるでレモンを丸ごと齧ったかのように、顔を思いっきりクシャッと歪めた。ラビは思わず吹き出した。
「な、なんで笑うんですか」
「いや……お前の顔が…………ハハ」
「ハハ。じゃないですよ。こっちはこれでも気を遣ってるんですよ」
「そうだな。気を遣って……白目をしたり、変な顔したり。お前は忙しいな」
「そうなんですよ。私、忙しいんです。あっちに拉致られこっちに拉致られ、しまいには最終兵器とバトルまでさせられて……なんで……なんで異世界まで来てこんなに忙しいんだろう……!」
そう嘆くノアの背中を、ラビは笑いながらそっと撫でた。
視線の先、窓の外には、茜色の空にひと筋の雲が流れていた。
マリカにプロポーズした日も、こんな空の色だった。
「……ノア。マリカの話、してもいいか?」
ノアは驚き、その茜色に染まるラビの瞳をみあげ、静かに頷いた。
ラビは窓の外を見つめたまま、ぽつりと語り始める。
「どこまで聞いたかは知らないが……マリカ、ライルの妹は、俺の婚約者だった。子供の頃から、ずっとマリカのことが好きだった。でも、結婚を控えたあの晩――俺の兄たちが、俺を殺しに来た。ご丁寧に、その手引きをしたのがマリカだったという物的証拠まで揃えてな。そうやって、俺を――殺しに来たんだ」
ラビは拳を握った。
ノアはその上に手を重ね、そっと包み込んだ。
「……王族殺しは、大罪だ。残酷で……世にもおぞましい罰が下る。……苦しませたくなかった。あの時の俺にできるのは、それしかなかった。だから、俺は……あの白い首を――……」
言葉が喉に詰まり、ラビはしばし、声を失った。
風がそっと、部屋の松明の火を揺らした。
「……絞めたんだ。この両手で、マリカを絞めて、殺した……」
叫びを噛み締める、ラビの熱く火照った体を、ノアは力いっぱい抱きしめた。
その背中を赤子をあやすように、優しくトントンと叩いた。
ラビもまた、ノアの華奢な背中に、縋るように抱きついた。
そうしてしばらく言葉は交わさず、ただ2人で抱き合っていた。
お互いの鼓動と、外の風の音が遠くで鳴るのを、2人で黙って聞いていた。
ーー胸の震えが静まった頃、ラビはゆっくりと口を開いた。
「……マリカを大切に想っていた気持ちも。
あのとき、ああするしかなかった後悔も。きっと、この先もずっと変わらない。ノアからすれば、気分のいい話じゃないかもしれないが……それだけは、変えられそうにない……」
ノアはラビを抱きしめたまま頷いた。
「もちろんです。変えなくていいです。マリカさんがいたからこその、今の陛下ですからね」
「ノア…………」
ラビの胸は満たされた。
「でも……」
小さく呟いたノアの声が、少しだけ甘えるような響きを帯びた。
「正直いうと……こんなにも大切にされ続けてるマリカさんに、ちょっと嫉妬しちゃいそうです。だから……私のことも、いっぱい愛してほしいです」
拗ねたようなノアの声に、ラビはたまらなくなった。
ノアを抱きしめたままベッドに押し倒すと、ラビは迷いなく深い口づけを落とした。
「……んっ!…………ちょっ、……まだダメですダメです!」
「……ダメじゃない。煽るお前が悪い」
「だって、湯浴みがまだ……!」
「寝てる間に全身拭いておいた」
「え!!うそ!い、いつのまに……」
「されるがままで……何されても全然起きなくて、ヤバかった。……散々我慢したんだ。もう我慢しなくていいよな? お望みとおりに愛してやらなくちゃな」
潤んだ目で嬉しそうに見下ろしてくるラビに、ノアは形だけの抵抗をしてみせた。
「……陛下のえっち!!」
ラビは頬を緩め、幸せそうに笑った。




