マリの後片づけ【side……】①
至る所でバビル兵が略奪し、中心部から勢いよく火柱の上がるマリの街を、元エカラトゥム王ダガンは、馬に乗り駆ける。
すぐ前にはバビル王ラビ、先頭を行くは筋骨隆々のダダ将軍。後ろには選りすぐりの兵がそれぞれ馬を走らせている。
みな武器を構えているが、その出番はほとんどない。
そこにいる人間は逃げ惑っているか、物言わなくなった者だけ。バビル軍に構っている暇のある者などいなかった。
それに――
「噂のギルガメシュXはどこ行っちゃったんだろうね。そんなヤバそうなヤツの気配なんてないけど」
「見当たりませぬな」
ダガンのつぶやきに、ダダ将軍が答えた。
「……ていうかマリはもう、終わりだね。こんなことなら大軍率いてこなくてもよかったね」
「うるさいぞダガン、早くノアを探せ」
馬を走らせ答えるラビの表情は険しい。
「はいはい。ハンムラビは愛しのノアちゃんが心配で仕方ないもんね。……ノアちゃん、王宮を出て……どこに行っちゃったのかな。生きてるといいね」
「…………」
一行が瓦礫の山を駆け抜けていると、曲がり角に差し掛かったところで、前を1人の青年が横切った。
ヒヒィィン!
驚き前脚を高く上げる馬の手綱を引きながら、ダダ将軍が怒鳴りつける。
「邪魔だ小僧!そんなに死にたいのか!」
青年はキッと一行を睨みつけ、憎々し気につぶやいた。
「……バビル軍め」
問答無用で斬りかかろうとするダダ将軍を、ラビが宥めた。そしてダガンが声をかける。
「ねぇ君、俺たち女の人を探してるんだけどさ。色白のスレンダーなお姉さん知らない? ここら辺じゃちょっと見ない顔のさ」
青年の顔が引き攣った。
ダガンはそれを見逃さなかった。
凍てつくような冷たい目が、青年を捕えた。
「知ってるね? 早くそのお姉さんを見つけないと、この王様まで暴れ出しそうだからさ。ね。君、案内して」
青年は唾を飲む。
◇◇◇
ダガン達は青年に導かれ、神殿に踏み入れた。
血の痕跡が点々と奥に続いている。
妙な気配に息を呑みながら、ダダ将軍を先頭に、一行は足音を殺し、慎重に中へ進む。
奥に踏み込んだ彼らの視界に、まず飛び込んできたのは――
膝をつくムト将軍とイルナ王子、みすぼらしい少年。集まって縮こまるフードを被った謎の集団。矢の刺さった男の死体。
それから、床にぺたりと座り込み、呆然とするノアだった。
「ノア!!」
ラビは声をあげるのと同時に駆け出した。
「陛下!?」「父上!?」
ムトとイルナが振り返り、目を丸くする。
「…………陛下?」
我に返り、ラビに目をやるノアの髪は乱れ、全身返り血とすすまみれだった。
ラビは瓦礫の山を飛び越え、地面に手をつくノアの前にしゃがみ、その汗ばむ手で、華奢な肩に触れた。
「ノア……怪我はないか?!」
「陛下……本物? ……夢じゃない?」
「本物だ」
ラビはノアの薄汚れた頬に、ペチペチ触れた。
ノアは嬉しそうに目を細める。
「…………ほんとだ。えへへ。陛下だぁ」
ノアがその手に、自分の手を重ねた。愛しく愛しく、その温度を確かめるように。
「陛下……会いたかった……」
ノアの声は震えていた。ラビは言葉を返す代わりに、その肩をぐっと引き寄せた。ノアは目を閉じ、安心するようにその胸に顔を埋めた。
「それにしても……これはどういう状況だ……?」
ラビはノアを抱きながら、至る所が崩れる神殿内を見回した。
ダダ将軍は見知らぬ弓使い女と話しており、謎のフード集団はそそくさと神殿から出ていく。第一王子のイルナは、見すぼらしい少年の腕を引っ張り、立たせている。
そしてムトは――
力無くラビの元に歩いてきて、がっくり膝をつき、頭を下げた。
「陛下…………この度の私の不始末、どうか、なんなりと罰を」
「……ムト!あ、陛下、あのムトは……」
慌てて立ちあがろうとするノアを抱き込み、ラビはその背中をさする。
そして、握った拳を震わせるムトに、柔らかい顔を向ける。
「ムト、ノアもお前も無事でよかった。それだけで俺は満足だ」
「……!」
勢いよく顔を上げたムトの目が、潤む。
「お前とノアがマリに連れて行かれたと聞いて……気が気じゃなかった。お前のことだ、ここまで必死でノアを守ってくれたんだろ?」
優しく微笑むラビに、ムトは目をギュッとつぶった。
「陛下……!」
「ムト将軍、ノアを俺の元へ戻してくれたこと、感謝する」
「……陛下!私は我慢できず、ノアにキスしました!」
「あ゛゛????」
一気に漆黒のオーラを放出したラビの腕の中で、ノアは静かに目を閉じた。
――なんで今それ言うー???――
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