この世界に召喚された理由 ②
「ベレトさん!もう、冥界に送る準備はできてますよね?」
「あぁ!あとは生贄を捧げ、簡単に詠唱するだけだ!」
その回答に満足し、両手で短剣を構えるとーーなぜか世界がスローモーションに見えた。
「ノア!!いったい…………まさか?!」
ムトの声が、遠く聞こえる。
災厄の塊が、こちらへ突き進んでくる。
――私ね。
ずっと考えてたんだよ。
なんで、私はこの世界に来たんだろう、って。
巻き込まれ事故にしても、他にもっといい人材、いっぱいいるじゃない。
なんで私なんだろうって。
でも、やっとわかった。
これはきっと……神様がくれたチャンスなんだ。
私は東京で、やりたかったことをやれなかったから。それをやっていいですよって、チャンスをもらえたんだ。
そして今なら、それができる。
最高のタイミングが、目の前にある。
ここで私が生贄になれば、私がやりたかったこと、ここで叶えられる。
ーー社会福祉の向上と、人々の幸せのために。
「お姉さん!!だめだ!!」
ーー困難な課題にも誠実に取り組む。
「母上!!やめてください!!」
ーーそして信頼される国政の一端を担う人材になりたい。
「ノア!!やめろ――!!」
誰かを助けたい、誰かの希望になりたいって夢。
怖いよ。もちろん怖い。
でも、それでもーー
哀れな英雄と共に、冥界へ行こう。
この身が、どうか、ラビ陛下の目指す世界の礎になれますように。
ーー剣先を自分の慎ましい胸に向ける。
黄金の刃が、胸元で淡く輝く。
「神よ……今、この身を、生贄に捧げます!」
そう叫ぶと、不思議と心が穏やかになった。
「ウオオオオオ!!!!」
迫る巨大な影の中、目を閉じる。
己の心臓に向かう剣。それを握る腕に力を込めた、その瞬間――
「エンキドゥーーー!!」
向こうから、少年の叫び声が響いた。
目を開けると、目前に迫っていたギルガメシュXがピタッと動きを止め、ぐるりと振り返った。そしてズシン!ズシン!と地響きを立てて、少年の方へ走り出した。
「…………あ!!ちょっと少年!!なにするの!!」
「ダメだよお姉さん!!馬鹿なことはやめて!!」
少年は泣きそうな顔で必死に叫ぶ。
「少年!いいの!私の死に時は今ここがベストなの!君こそ危ないことするんじゃありません!!」
「いやだよ!!お姉さんになんかあったら母ちゃんに怒られる!!」
「私こそ怒られる!!君をお母さんのもとへ返さないと!!……エンキドゥーーー!!」
再びギルガメシュXがピタリと立ち止まり、こちらを振り返り、走り出す。
「お、お姉さん!!もう!!……エンキドゥーーー!!」
再び少年が叫ぶ。ヤツはまた向きを変えて、少年の方へ猛突進。
「ちょ……だめ!!エンキドゥーーー!!」
ぐるりと旋回。今度はこっちに全速力。
「お姉さん!!死んじゃいやだ!!エンキドゥーーー!!」
バッ!グルン!
「危ないでしょ!!エンキドゥーーー!!」
ヤツはあっちへこっちへ、巨体を走らせる。
「こっちだ!エンキドゥーーー!!」
グルン!
「こっち!エンキドゥーーー!!」
災厄の塊が、私と少年の間で全力シャトルランをしている。
「エンキドゥーーー!!」
「エンキドゥーーー!!」
ムトとイルナ君が首を右に左に、忙しく振っている。
「エン」
「何を遊んでいる!さっさと誰か心臓を刺して死ね!」
ベレトさんが怒鳴った。
「そうだよ!君、バカやってないで早く死になよ!」
体を起こしたヤスマフが、片目から押さえながらなんか言っている。
本当に鬱陶しいなコイツは!
エンキドゥーー!!!
……すると。
神殿の入り口から、低い女の人の声が聞こえた。
「あんたが死になよ。大好きなパパからもらった大事な街を、その身で守りなよ」
ヤスマフがぐるんと振り返る。
「は? なんだおま……」
ヒュンッ!
ヤスマフが言い終える前に、空気を切る鋭い音がして――
グシュッ。その胸に矢が立った。
「えっ」
ヤスマフは己の胸に突き刺さったそれを見て、首を傾げて呟いた。
「なんだこれ?」
ーー神殿の入り口を振り返ると、弓をつがえる強そうな女性が1人。
「……え!?ザルさん!?」
運び屋の女性、ザルさんだった。
「みっともない男は嫌いなんだよねェ」
そう吐き捨てるように言って、ザルさんはすまし顔で、連続ヒュン!ヒュン!――矢を放った。
「!!」
グシュッ、グシュッ。
ギルガメシュXの横を流れ星のようにすり抜けて、ヤスマフの胸に矢が計3本、オリオン座の三つ星のように綺麗に並んだ。
「グフッ」
ヤスマフは盛大に血を吐いて、赤い血を周囲に撒き散らした。
その体は力なくのけぞり、バッタリ仰向けに倒れた。
「ヤスマフ…………」
息を漏らすように、その名をつぶやく私の前に、その頭はゆっくり横を向き、虚な目が天を仰ぐ。血濡れた口が、パクパク動く。
「……父……さ、ん……僕…………」
すがるような、かすれた声。
それが聞こえたのを最期に、ヤスマフは動かなくなった。
…………はっ、はぁ…………。
息をするのを忘れていた。
「……ほら、これで生贄の一丁上がりだぜ、ベレトさん。高貴なる王族の血だ!」
手を振るザルさんの声に、フードを被った人たちに囲まれたベレトさんが立ち上がる。その目には哀れみも迷いもなかった。
「……神々よ!」
その堂々たる声が神殿に響き渡る。
「我が生贄を受け取りたまえ!災厄となりし英雄を、冥界へ連れ戻したまえ!」
ベレトさんが両腕を高く掲げ、天を仰ぐ。
「ウオオオオオ!!!」
すると、いつのまにか目前に迫っていたギルガメシュXの体が――
足元から崩れるように、黒煙へと変わりだした。
風が渦巻き、神殿全体に土埃と気圧のうねりが広がる。
「……うわあっ!!」
目を開けていられないほどの強風が、体を攫おうと容赦なく吹き付ける。必死に床にしがみつく。
黒煙はまるで意志を持つように地面を這い、床にぽっかりと開いた黒い穴へ向かって、ギルガメシュXの身体を引きずり込んでいく。




