この世界に召喚された理由 ①
馬から降りたムトが、私と短剣を持ったフード男の間に割って入った。
「ノアに手を出すことは許さない」
ムトは剣を抜き、鋭く男を睨みつける。
「将軍!邪魔をするな。何かを得るには代償が必要なのだ。生贄がなければヤツを冥界へ送れぬ!」
ベレトさんが声を荒げる。だがムトは剣を引き抜き、短剣を持つその人と対峙する。
「悪いが他をあたってくれ」
「時間がない!ヤツがくる!誰か死なねば皆が死ぬ!」
ベレトさんが苛立っている。その言葉に神殿内の緊張が高まった。
「……ならば……この男を捧げてやる」
ムトが足を踏み込み、切りかかった。剣が風を裂き、男の短剣と激突する。金属音が弾けたその瞬間、男のフードがふわりと外れた。
そこに現れた顔は――ーー見覚えのある顔。
「情けない係長」。
「ヤスマフ?!」
思わず声が出た。
「ヤスマフ王?!……殺されたのでは?!」
ムトも目を見開く。剣を押し込みながら、相手の男を凝視する。
「うああああああああ!」
ヤスマフは雄叫びをあげ、ムトの剣を力任せに跳ね返した。ムトは後ろのめりになったものの、すぐに体勢を立て直した。
「……なんだ。ダガン様の愚かな弟ではないか。生きていたのか。いつここに紛れた」
ベレトさんが驚き、立ち上がり、目を細める。
ヤスマフはフラフラと体を揺らしながら、ベレトさんをじっとり舐めるように見た。そして、ニタァと、気味悪く笑った。
「ベレトぉ、相変わらず兄上に相手にされてないんだねぇ、可哀想に、可哀想に」
「――黙れ」
ベレトさんの目は凍えるほど冷たい。
「僕と一緒だね。見捨てられたもの同士、仲良くしようよ」
「お前と一緒にするな。ダガン様の足を引っ張るだけのうつけ者め」
「……おい……兄嫁の分際で僕を馬鹿にするなよ……!」
またヤスマフがプルプルと不気味に震えだしたーーその時。
ドゴオオオン!!
神殿の壁が粉砕され、瓦礫を撒き散らしながらヤツが現れた。
ギルガメシュX。
全員が一斉に振り返る。底知れぬ威圧感が、場を一変させる。
「来た!!」
壁が崩れる音の中に、馬を降りていたイルナ君と少年の声が入り口付近で重なった。フードを被ったベレト様付き神官団の人たちが、サササと後退する。
「来たか……」
ムトはヤスマフを警戒しながらも、剣先をヤツに向け、前に出た。
ヤスマフは――
「……だいたいさぁ!なんだよあの化け物!僕の街がボロボロじゃないか!あんなの聞いてないぞ!ウル・シンのやつ、こんなに頑張っている僕を騙しやがって!」
苛立ちをかくさず、目をかっぴらき、短剣を持つ手を振り回して私をギョロリと睨みつけた。
「!」
ゾワリ、首筋に寒気が走る。
「まぁ、ベレトの儀礼の腕前は確かだからな。さっさとあの化け物を冥界に送ってもらおう!」
ヤスマフが楽しそうに、大股で近寄ってくる。
「ノアに近寄るな!!」
ムトが体を翻し、剣を振る。私しか見ていなかったヤスマフは、ざっくり腕を斬りつけられた。
「うあああああ!」
血が飛び散り、ヤスマフは短剣を取り落としてしゃがみ込む。ムトはすかさず私を背中にかばいながら、剣を構える。
その肩越しに――イルナ君が、ギルガメシュXに正面から立ち向かっているのがみえた。
「イルナ君!!」
「殿下!!」
荒く肩で息をしながら、イルナ君は剣を構えて間合いを取る。隣で少年が、瓦礫をヤツに投げつけているが、ヤツの目にはイルナ君しか映っていないようだ。
「お鎮まりください……ギルガメシュ王……!」
イルナ君の言葉虚しく、ギルガメシュXは無慈悲に右腕を大きく振るった。イルナ君はすんでのところで身をかわし、素早く身を立て直し、その太い腕に斬りつけた。
「ウオオオオオオ!!!」
その咆哮に空気が震える。天井からレンガが崩れ、周囲にバラバラと落ちた。
だがヤツはすぐに腕を振り上げる。ヤツにとっては、剣の切り傷も蚊に血を吸われたようなもの。
「ノア!神殿から出るぞ!……殿下!退避しましょう!」
ムトが叫び、イルナ君に向かって駆け出した。
だが、その背中を追おうと駆け出したその時ーー
ドサッ!
ヤスマフが飛びかかってきた。
「きゃっ!?」
背中をつかれ、床に引き倒される。
ムトが驚き振り返る。
「ノア!!」
「君さぁ、早く生贄になりなよ!サムシ・アッドゥが僕にくれた街を、これ以上あんなヤツに壊させるなよ!」
血まみれの腕が短剣を振り上げる。
目の前に掲げられる、その短剣の鋭い刃先。
ポタ……ポタ……
ヤスマフの血が顔に落ちる。
……やられるーー!
そう思ったその瞬間――
腕が勝手に動いた。
グシャッ!!
ヤスマフの右目に指を突き刺していた。
「ああああああ!!」
湿った、ぬるりとした感触。咄嗟に指を抜くと、ヤスマフは絶叫しながら倒れ込み、目を覆って悶絶した。
私は必死で立ち上がり、距離を取る。
ハッ、ハッ、ハッ……
顔をあげれば、うずくまるヤスマフの後ろに、剣を振り上げるムトが見えてーー
さらにその後ろでーーギルガメシュXが、イルナ君に殴りかかっている!
ーーイルナ君!!
このままじゃやられる!!
とっさにあの言葉を叫んだ。
「エンキドゥーーー!!」
ヤツが瞬時にこちらを振り返る。浅黒い巨体は標的をぐるりと変え、勢いよくこちらに向かってくる。
ムトが私を振り返り、叫ぶ。
「ノア!!逃げろ!!」
そして私はーー
腰に下げていた、ジムリ・リムからもらった金の短剣を手に取った。




