気遣いって難しい ①
「……エシュヌンナにいた間者から知らせが届いた。不吉な神託がダガン様に下ったと。この街でダガン様の身に危機が迫っているとな。だがダガン様は私がそばに寄ることをお許しにならぬ。だからこうして待ち伏せしていたのだ。そうしたらなんだ、あの禍々しい怪物は? 災厄に足が生えて歩いているようなものではないか。あんなのはさっさと冥界に送らねばならぬ!さっさと儀礼を始めるぞ!」
ギルガメシュXを冥界に送る!そんなチート技があったなんて!
ベレトさんはかつて私を生贄に捧げようとしたおっかない人だが……まさかそんな人相手に、こんなにも頼もしさを感じる日が来ようとは!
テンション爆上がりである。
「よっ!!ストーカー!!」
「それでアレはなんだ!」
「ギルガメシュXです!!」
「なんだそのふざけた名前は!馬鹿にしているのか!!」
「私もふざけた名前だと思うんですけど、本当にそうなんです!!」
ベレトさんはため息をつき、腕を組み怒鳴りつけてきた。
「なんでもいいが、女!役に立て。ちょうど今アレをどうやってここへ連れてくるべきか話していたのだ。女!お前が連れてこい!」
「はい?!!」
突然の無茶振りに声が上擦った。
「冥界送りの儀礼は準備に少々手間がかかる。5分後以降に着くように、あやつをここへ連れてこい!」
「むむむむ無理無理!!アレ連れてくるなんて絶対無理です!」
「お前の事情など知らぬ!『神からの贈り物』だろう!やれ!!」
「無理無理無理無理」
どこまでも無謀なことを畳み掛けてくるベレトさん。私は首を横に振ることしかできない。
「早く動け!ダガン様に何かあったらどうする!さっさと連れてこい!連れてこなければお前を殺す!!」
「えええええええ」
いやいや、アレを連れてくる? 絶対無理だ!
でもやらなきゃ殺される?
なんて理不尽なんだ!
そうしているうちにもフードな人たちがじわりじわりと距離を詰めてくる。テンション爆下がりである。泣きそ。
……とりあえず一旦、了承したフリをして外に出よう。外の空気を吸って、作戦会議だ。
「わ、わかりました。……連れてきたら、アレ、本当に冥界に送ってくれるんですね?」
「そうだと言っている!条件さえ整えば、私の儀礼は確実に願いを叶えられる!」
「わ……わかりましたよ。一旦外出まーす」
転がるように走って、神殿をあとにした。
「ふぅ…………」
深く息を吐きながら外に出るとーー
被害は確実に拡大していた。
空が灰色に燃えている。人々が狂ったように押し合い、走っている声が、音が聞こえる。
……さて。
アレをここに連れてくる?
なにか……なにかいい方法は……
「お姉さん!」
その時、威勢のいい声が耳を打った。振り向くと汗とすすにまみれた少年が駆けてきた。
「……少年!?なんできたの?!」
「母ちゃんに、お姉さんを置いてくなって、怒られる気がしたからさ」
「…………!」
そういって、少年はニカっと笑った。
なんて優しい子なんだろう。ベレトさんもこの子を見習って欲しい。
絶対、この子をお母さんのもとへ返さねばーー。
その使命感が足を動かしてくれる気がした。
「……少年、ありがとう。ひとつ相談なんだけどさ。……アレをこの神殿まで連れてくるにはどうすればいいと思う?」
「……アレって、……アレ?!」
「そう。アレ。神殿に連れていけば、儀礼で冥界に送ってくれるんだって」
「はぁ?!いや…………よく分かんないけど、アレを連れてくるのは無理やろ。さっき遠くから見たけどさ、完全にヤバいやつじゃん。なに言うても聞いとらんし……つーか人の言葉とか、聞こえとらんのか、分かってない感じやったよ」
「やっぱりそう思う? ……私もそう思ってたんだけど………………ん?」
……ふと、ある疑問が頭をよぎる。
なぜギルガメシュXは、ウルさんの言うことは聞くのだろう?
「しつけた」と、ウルさんは言っていたけど……言葉の通じなさそうな相手を、どうやって操作しているんだろう?
もしかしたら、なにか……
ギルガメシュが反応するような、特別な言葉があるのかしら……?
アレク◯ーとか、オーケーG◯ogle的な……起動ワードが……
なにか……英雄ギルガメシュが反応しそうな言葉……ウルクの英雄が反応しそうな言葉が……
「…………はっ!!」
「お姉さん?」
「うん。候補はある!試してみよう!」
「試すって何?!何を試すん?!え、ちょっと……お姉さん?!」
「善は急げやあ!!」
一筋の希望を胸に、ヤツがいそうな方向へ駆け出した。
ヤツが通ったであろう道は瓦礫だらけで、油断すると足を取られそうになる。それに、至る所で火の手が上がっている。
絶え間ない人々の悲鳴。
少年が横に並んでついてくる。
「お姉さん!危なすぎる!もう逃げよう!」
「君は先に…………あっ!」
前方、20メートルほど先に、あの浅黒い巨体の姿を捉えた。
「いた……!」
それの黒い髪は土ほこりにまみれ、鎧のような筋肉は汗で血でテラテラと光っている。
その目はギョロリギョロリと絶え間なく周りを見回している。
それは咆哮を轟かせながら、腕を足を振り回し、土から作られた街を土に帰している。
動くものを見つけては手を伸ばし、掴み、放り投げている。
破壊の化身そのものになっている。
その場に釘でも打たれたかのように、足が止まった。
でもなぜか、勝手に口が動いていた。




