城壁の外へ
ラルサを発つ時間になり、広間に陛下がやってきた。相変わらずこのイケメンは人前ではキリッとキラキラしていらっしゃる。
部屋の片隅にうずくまっていた私に差し出されたその手を取り、陛下と一緒に王宮を出る。建物の外では馬がずらっと並び待機していた。
そのうちのとびきり豪華な装飾が施された一頭に、陛下にひょいと持ち上げられポンと乗せられた。馬なんて子供の頃ポニーに乗ったきりなのにと内心慌てていたら、すぐに陛下がヒラリと後ろに乗ってきた。いわゆるバックハグ状態になる。
しばらく避けられていたのに突然の大接近。陛下、どんな心境の変化だろう。それにしてもこの美顔、近くで拝むのは久しぶりだ。
「……陛下、一緒の馬に乗るんですか? 女がこんなに近くにいて大丈夫ですか?」
「王と神の贈り物の親密さを人々に見せつける絶好の機会だから……とかなんとか、サーラがうるさいからな。我慢してくれ」
「……私は大丈夫ですけど……男友達モードにします?」
「全然いい。むしろするな」
即、断られた。
陛下の後ろを覗き込むと、ズラリ大行列が続く。位の高い人は馬に乗り、他の人は徒歩らしい。
すぐ後ろには騎乗したムトがいた。さすが将軍、とても絵になる。それに数人、ムトの部下らしき人がそばにいる。みんな強そう。
その少し後ろには一人で颯爽と馬に乗るサーラさんと、右隣にアーシャちゃん。左隣では見知らぬ男の人が頑張って馬に乗ろうとしている。
「……ちょっとアウェル!さっさと乗ってよ」
「筋肉痛で足が上がらないんだよ〜土地の確認で連日たくさん歩いたんだよ〜」
サーラさんに急かされても、なおのほほんと答えているサーラさんの夫・アウェルさん。これまた優男系イケメンだが、本当に全然足が上がっておらず全く馬に乗れそうにない。見かねたムトが手伝ってあげていた。
ライルさんの姿はここからは見えない。
荷馬車や徒歩の人々のさらに後ろに、なぜか俯く女性たちが見えた。目を凝らすとーー縄で両手を繋がれている。
「……!」
――きっとラルサ王の妻や娘たちだ。バビルに連行され、神殿で働かされるとシンさんから聞いていた。
敗戦国の女……むごい扱いをされずに済むだけ良い処遇なのだろうとは思うが……
「……あれ、ラルサ王がいない」
「やつは連行するには歳をとりすぎている。ここでシンに面倒を見させる。情報を引き出せばうまく使えるだろう」
「そうなんですね。……あぁシンさん…………推し…………」
「推し??」
◇◇◇
ゆっくりと歩み始めた一行は王宮のエリアを出て市街地へ。ラルサの人々が道の端に連なっていて、なんともいえない雰囲気でお見送りをされている。
淡々と城壁へ進み、大きな門にたどり着く。そこで待っていた爽やかシンさんは、陛下に向かって恭しくお辞儀する。陛下は馬上から声をかける。
「……シン・イッディナム。ラルサ総督の座、お前に任せた。後ほど追加の軍を寄越す」
「仰せのままに、陛下。……強き王、神々に愛されし王、四方世界の王、偉大なる王、バビル王・ラビ陛下。気をつけてお帰りくださいませ」
兵達が門戸を開け、パカラ、パカラ、と通り抜ける。城壁の外。緑と茶色の世界が視界いっぱいに広がった。
少し進み陛下越しに振り返ると、ラルサの立派な城壁、そしてひときわ巨大な建物――神殿が目に入った。
――あそこから、私の新しい世界が始まった。
振り返って前を見る。
――ここから、私の新しい世界が続いていく。
『二つの川の間の地』――この新しい世界で、私はいったいどうなるのだろう。この先いったいなにが起こるのだろう。
広大な青空の中に、微笑む係長の顔がうっすら浮かんで見える。
「……あぁ……係長……私なんとか生きています……」
「だからカカリチョーってなんなんだ」
耳元で少し怒ったような声がした。




