親交を深めるぞっ
食事が終わると五月は自分の部屋に籠もった。
パソコンで『オメガレッド』を検索する。
「何よ……。どんなのよ、オメガレッドって? あたし、それに似てるのかしら」
凄い形相の長髪のバケモノの画像が出てきたので青筋を額に浮かべた。鞭のような武器を使うというところ以外は似ても似つかないと思った。
ドアが外からノックされた。
「オメガレッド、入ってもいいか?」
アニーの声だった。
「どうぞ」
五月はバッグから愛鞭『クイーン』を取り出しながら、言った。
アニーがドアを開けて姿を現す瞬間を狙った。鞭で首を絡め取り、死ぬギリギリ間際ぐらいまで絞めてやろうと思ったのだが、アニーはドアを開けるなり瞬間移動するようにベッドの上に立っていた。
「ははは! 遅いぞ、オメガレッド!」
五月はオメガレッドのように顔を歪ませ、さらに襲いかかった。長い足でアニーの腹を蹴りに行く。しかしいつの間にかアニーは五月の腕の中にいた。
「親交を深めるぞっ」
赤ちゃんのようににぱっと笑う。
「このまま絞めあげてやるわ」
五月は腕でアニーをがっちり掴み、極めにかかった。
「おっ?」
しかしアニーはいつの間にか背後のベッドの上に立っていた。写真立てを見ながら聞く。
「これ、おまえのおかーさんかっ?」
写真には地味だが優しそうな、いかにもいい母親という感じの女性が笑顔で写っている。その両隣に五月と大根が幸せそうに立ち、丁良が撮影したものなのか父親の姿は写っていない。
母親の話をされ、五月から殺気が消えた。穏やかな表情になり、うなずく。
「そうよ。あたしのママ……」
「死んだのかっ?」
「去年──ね。病気で」
「そうかっ」
アニーがぼろぼろと泣き出した。
「ちょっ……。何泣いてんのよ。他人の母親が死んだ話で──。あんた殺し屋なんでしょ?」
「おかーさんが死ぬのは悲しいぞっ」
五月は思い出した。
アニーはラン・メイファンという子どもに父親を殺されたと言っていた。
「ごめん。……そっか、あんたもお父さんを……」
それで共感したのだと思ったが、違った。
「おう! おとーさんは殺されて嬉しいぞっ」
あっけらかんとアニーが笑った。
「う……、嬉しい?」
「おうっ! クソ親父だったからなっ」
「あんた……。お母さんは?」
「いないぞっ。クソ親父に殺されたからなっ」
アニーが笑いながらぼろぼろとまた泣き出す。
五月は理解しようとするのをやめた。めんどくさくなった。パソコンに向き直ると『大山アニー』と入れて検索してみた。何か情報が出てくるかと思ったら、出てきたのはミュージカル『アニー』の企画者が小学生の女の子にセクハラをしたという過去のネットニュースばかりだった。ちっとも関係なかった。
「あーっ!」
背後で嬉しくて飛び上がりそうなアニーの声がしたので、めんどくさそうに五月が振り返る。
「何よ? どうした……」
「恋人の写真、発見だー!」
アニーが枕の下から1枚の写真を取り出し、しげしげと見つめていた。
「ちょっ……! こらーーっ!」
五月が鞭でそれを取ろうとするのをかわし、アニーが宝物をゲットしたように部屋じゅうを飛び回る。
「これ、あのユージローってやつだよなっ?」
「返せ!」
顔を真っ赤にして五月が鞭を振り回す。
「好きなのかっ? じつは好きなのかっ?」
「うるさい! 死ね!」
「すまん。返す」
おんぶされる格好で、アニーが後ろから写真を差し出してきた。
「オメガレッドの宝物だもんな」
写真には馬場勇次郎が1人だけ、写っていた。
どこかの公園らしき風景を背に、ピースサインをして爽やかに笑っている。日に焼けた顔と着ている明るいベージュのセーターがマッチして、春らしく爽やかだ。写真は大判で、しわだらけにならないようパウチされていた。
その写真を突きつけられた途端、凶暴なオメガレッドが一瞬にして女の子になってしまった。
「きゅううぅぅぅん……。勇次郎……♡」
アイドルの写真でも拝むように両手で持ち、崇めはじめた。
「かっこいい……。しゅき、しゅき♡」
「はははは」
アニーが背中で笑う。
「幼なじみなんだよなっ?」
「うん。勇次郎はね、幼稚園の頃から一緒なの」
五月が写真を見つめて夢見るように語りだした。
「うちの系列会社の社長の息子なんだけど……ちっちゃい頃からあたしを守ってくれてね。守られてばっかりじゃいけないって、鞭の練習を始めたら、いつの間にかあたしのほうが強くなっちゃった」
「告白せんのかっ?」
アニーが面白がるように言う。
「しろっ! しろっ!」
「だって……」
五月がうなだれた。
「あまりに付き合いが長すぎて……。勇次郎はあたしのこと、女の子だとすら思ってないかもしれないもの」
「ふーん……。なるほどなっ」
「それにね」
五月はいつも心の内にひた隠しにしていることをペラペラと喋った。誰にも話したことはないのに、不思議なくらいに口から勝手に出てきた。まるで猫を相手に喋っているようだった。
「それに……。うちのパパのほうが権力関係で上だから、どうしてもあいつ……あたしのことを女王さまみたいに見るの。親の仕事なんて関係ないのに……。あたしのことを『クイーン』だなんて呼ぶの」
「上下関係はきっちり体に叩き込むべきだぞっ」
「犬じゃないんだよ? あたしたち、ただの人間なんだから。裸になれば──」
「裸になったのかっ!?」
アニーが興奮して声をおおきくする。
「そういう意味じゃなくて──!」
「わかってるぞっ。人間裸になれば皆平等って意味だろっ?」
意地悪な笑いを浮かべたアニーの赤髪の中から猫耳がぴこんと立ち上がった。
「どういう意味だと思ったんだっ?」
「べ……、べつに勘違いしてないわよ!」
「とにかく……」
アニーがにこっと笑う。
「おまえらお似合いだぞっ」
「あ……」
五月はアニーを抱きしめた。
「ありがとう〜」
いつの間にか仲良くなっていた。