法に従わないもの
「警察が僕を探してる」
薄暗い部屋の中、ベッドに腰掛けた男が言う。メガネのレンズに窓外のネオンが映っている。
「すごいよね、ぴかぴー」
興奮した女の子が言った。
「総理大臣やっつけちゃうなんて……! うさぴょん、見直した!」
「警察は無能だ」
男の声が言う。
「マニュアルに従って動くだけで、誰も自分の頭で物を考えはしない。誰もがあのクズ首相を直ちに辞めさせるべきだと思いながら、ルールに従って、任期が終わるまでズルズルと総理大臣を続けさせていた」
「それをぴかぴーが辞めさせたんだよね?」
「あぁ……。誰もが僕に感謝すべきなんだ」
「でも、ぴかぴーは見つかったら逮捕されるんだよね? なんで?」
「くだらん質問をするよな、おまえは……。ルールに従わないからだ。ルールに従わないものは、悪いことをするやつはもちろんだが、社会に良いことをもたらそうとする人間でも、法によって裁かれるんだ」
「えー? いいことしようとしても? 意味わかんなーい」
「やつらには善と悪の区別なんて、つかないからな。ただ.マニュアルに従うだけのロボットさ。……電気を点けてくれ」
ぱっと明かりが点いた。
ファンシーなホテルの部屋のベッドに腰掛ける天神光の姿があらわになる。
電気を点けたのはピンク色のツインテールの女子大生だった。
彼女の名前を光が呼んだ。
「宇佐美うさぎ……」
「はーい」と、うさぎが元気に手を挙げる。
「キミだけが僕の秘密を知っている。キミは僕の仲間だ」
うんうんうんうんとうなずきながら、うさぎは光の隣に座り、しなだれかかった。
うさぎのほうへ顔は向けず、光が言う。
「粛清したいやつがいるんだ。そいつを呼び出してほしい」
「誰、誰? 今度は何大臣?」
「ただの大学生だ」
光はメガネを指でくいっとあげると、その名前を口にした。
「大山澄香という、空手家だ」
「えー? 空手家だったらあの、『裏カクカイ』ってとこで対戦すればいいんじゃないのー?」
空手界の貴公子と呼ばれる大山澄香のことを、うさぎは知らなかった。格闘技に興味がないのだろう。
「あそこでは殺しができない」
光は無表情に言った。
「物陰に隠れて首をへし折ってやってもいいが、それではつまらない。僕の正しさ、善良さを認めさせてやりたい。どうしても認めないなら、力の差を思い知らせてやる」
「そのひとも、悪いひとなの?」
「そうさ。バカの仲間だからな」
「……バカ?」
「世にはびこるバカは放置して、ただ自分磨きだけしてればいいなんてほざくバカさ」
「よくわかんない」
「そして……何より──」
光の顔に、殺気が漲った。
「僕がバカを放置せず、他人を裁こうとするなら、僕の前に立ち塞がるとか言いやがった。バカのくせに、僕のことをバカにしやがったんだ」
「バカじゃないよー」
うさぎが光の頬に口づけた。
「ぴかぴーはバカじゃないよ。だって、こんな刺激的なことができるひとだもん! 大物だよ! そいつ、許せないよね!」
「だから、人気のない場所でそいつと二人きりになりたい。頼めるかい?」
「もちろんよ!」
うさぎは、笑った。
「あたし、ぴかぴーのこと、とんでもないひとだと思いかけてたけど、違ったもん! ぴかぴーは……なんていうか、とんでもない人物だったんだもん! 惚れ直しちゃったぁ!」
「……そいつは、どうも」
「だからさ! あたしのことは信じてよ! あたしだけは、ぴかぴーの味方だからさ!」
「信じてるよ」
「あっ、ちょっとおトイレ行ってくるね!」
うさぎが楽しそうに立ち上がった。
その背中を、光は見た。
うさぎの背中に、緑色の光の糸がくっついている。
トイレのドアが閉まっても、糸は壁をすり抜けて繋がったままだった。
「ほんとうは信じてないよ」
光が無表情に、呟いた。
「でも、まぁ……オマエが裏切っても、僕にはすぐにわかるからね」




