声明
「メイファンーーーっ! 頼む、成仏してくれーーーっ!」
目をぎゅっと閉じて、大嫌いなドライヤーを向けられた猫のようにアニーが泣く。
「フフフフフフ……。アニー、私が死んで嬉しくはないのか?」
顔をドロドロにとろけさせたメイファンがじりじりと迫る。
「嬉しいもんかーーーっ!」
「フフフ……。では、再び会えて嬉しいか?」
「幽霊はやだーーーーっ!」
メイファンは壁に追い詰めると、腕を青龍刀に変えた。
「ならば貴様も死んで幽霊になれ。そうすれば幽霊も怖くなくなるだろう」
青龍刀で首をはねにきたメイファンの攻撃を、アニーは跳躍してかわした。
壁を蹴って高く跳び、メイファンの頭の上を越え、畳の上に着地する。
メイファンが振り向き、賛辞を贈る。
「フッ……。さすがだな。恐怖に身を縛られていてもその動きとは……。本気で首をはねに行ったのだがな」
アニーは恐怖で気を失っていた。
無意識状態で正拳の連打を繰り出す。
「貴様は吾妻なんとかか」
ひらひらと攻撃をかわしながらメイファンがツッコむ。
「しかし無意識状態になったほうが強くなるとかはないようだな。動きが遅いぞ」
メイファンが全身をチェンソーに変え、アニーの身体を縦に真っ二つに裂きに行く。
ロレインの声が響いた。
「うさぎさんっ!」
アニーの前に長身ヒョロガリのうさぎさんが立ち塞がった。そして上品な声で、たしなめるように言う。
「ヘイ、チャイナガール。友達どうしで殺し合いはよくないぞ? アニーくんを殺りたいなら、この私を──」
うさぎさんのお腹にチェンソーが突き刺さる。
しかしそれは見た目とは裏腹にとても柔らかく、うさぎさんのタキシードすら破ることなくふにゃふにゃと折れ曲がって、止まった。
「……なんだ、チャイナガール。殺す気なんてなかったんだね? おふざけかい?」
元の姿に戻ったメイファンが、うさぎさんを見上げ、感激して嬉しそうな声をあげた。
「わぁ……! うさぎさん、私、あなたのファンです。サインください」
「そうかね。よしよし、その額にマジックペンでサインをしてあげよう」
額に『うさぎさん』と書かれ、上機嫌になったメイファンがアニーをにこにこしながら見て、言った。
「いい加減に現実を見ろ、アニー。私は幽霊ではない。生きていたのだ。この額のサインを見ろ」
「う……、うさぎさんのサイン……」
アニーの目に、理性が戻った。
「いいだろう?」
得意げにメイファンが見せつける。
「おまえ、キョンシーだなっ!?」
アニーが安心したように、笑った。
「お札を貼ったからもう大丈夫ってことだっ!」
花子がわけわからなそうに声を漏らす。
「なんだ、これ……」
「ムッ──!?」
澄香が異変に気づいた。
TV画面をジャックした者がいた。
ニュース場組からどこかの倉庫のような場所に切り替わり、白い天使の羽根の仮面で目元を隠した男が、カメラに向かって声明をはじめた。
『やぁ、日本国民の皆さん、初めまして。僕はミカエル──板垣首相に粛清を加えた者だ』
「天神……先輩!」
澄香が拳を握りしめる。
『このたびは日本を悪い方向へ導こうとする悪しき権力者の粛清に、皆さん歓喜していることと思う』
メイファンが頬杖をつき、TV画面を楽しそうに見つめた。「こんな面白いTV番組は久々だ」という表情だ。
『さて、総理大臣が死んだ。次のを選ばなければなるまい』
ミカエルはカメラに向かって、言い渡す。
『国会は慎重に、次の総理大臣を選出するがいい。国民の声をきちんと取り入れて、ね。そいつがまた国民の声を無視するようなら、僕がまた粛清する』
アニーとロレインはよくわかっていないような顔をして、ぼんやりとその声明を聞いていた。
『僕がこの国を統べてあげよう』
ミカエルはそう言って、真剣そのものの声を大きくした。
『僕が見守っている限り、この国がこれ以上落ちぶれることはない! 僕がこの国に秩序を与えよう! 新しい国家元首どもは、僕の存在に怯えろ! そうしてこの国は、明るい未来へ船を漕ぎ出すことになるのだ!』
澄香も、メイファンも、アニーもロレインも何も言わなかった。
しかし花子には感じるものがあった。
今、日本のあちらこちらで、この声明を聞いて歓声をあげている人間が大勢いる──花子の勘が、それを感じ取っていた。




